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花咲く丘で出会ったきみへ ~ 寂しがりやの山神と隻腕の少年の異類婚姻譚 ~  作者: かわもりかぐら


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第2話


 少年は生まれたときから右腕がなかった。

 はじめは殺される予定だったことは、少年が数えで5つになった頃に異母兄弟たちから知らされた。


 ―― 生まれてすぐ殺されずに済んだのは、村長のおかげだという。


 理由は分からない。

 村長は少年に対して優しいわけでもないし、分かりづらい愛を与えているわけでもない。

 周囲にはただただ「殺すな」「怪我をさせるな」と厳命し、それを遵守させた。


 実は、異母兄弟たちは一度、皆がいる前で少年を怪我させてしまったことがある。

 村長は異母兄弟たちを強く叱責し、各自室に数日間軟禁させた。

 初めての扱いに、異母兄弟たちは酷い屈辱を与えられたと感じていたようだ。

 だが、二度と同じ轍は踏まぬと考えたらしく、彼らは知恵を絞った。


 ご飯を腐る一歩手前のものに変えて美味しいものを食べさせなかったり。

 この前のように、人目がつかない時間に少年に対して怪我をさせたり。

 本来であれば自分たちが言いつけられた雑用を押し付けたり。


 異兄弟たちは「人目につかなければよい」のだと悪知恵を働かせた。

 やっている内容は児戯のようなものであるが、積み重ねればそれは少年にとって大きな負担となる。


 少年はいつだって村長に言いつけることができた。

 それをしなかったのは、異母兄弟たちが老人を痛めつけているのを止めに入ったからである。


『やめてくれ!』

『なんだなんだ、かたわもんが動いてしゃべってらあ!』

『ごくつぶしの言うことなんて、ぼくらが聞くもんか!』

『ああ、でもオレたちがお前にすることを親父に黙ってるってんなら、止めてやってもいいよ』


 老人は少年のように「怪我させないように」と言いつけられていない。

 だから老人を痛めつけたって異母兄弟たちにとっては問題のないことだし、村長たちだって問題視しない。


 このとき、少年と老人の間には何の関係もなかった。

 今の手当てする関係ができたのは、この出来事がきっかけだったのである。



 老人がこれ以上、叱責などを受けないように少年と老人の間には3つの約束ができた。


 ひとつ、老人は常に少年を『おぞましいもの』と扱い、卑下すること。

 ひとつ、少年は手当てを老人以外からは受けないこと。

 ひとつ ―― 手当てをしている間は、外に誰かの気配がない限り、お互い素直になること。


 3つ目の約束は老人から言い出したことだった。

 痛いも何も言わない少年を憐れんでのことかもしれない。


 手当てをする僅かな時間は、少年にとって憩いの時間となった。


 どうして生かされているのか分からない。

 どうして怪我をさせるなと言われているのか分からない。

 少年の生みの母は疾うの昔に亡くなっている。


 数えで6つまで生きてきた少年にとって、老人の態度は一筋の光だった。



 ―― 年が明けた正月。


 しんしんと降る雪の中、めずらしく母屋に招かれた少年は案内先の誰もいない座敷の下座に座っていた。

 あばら小屋は板間だ。畳の上は初めてだと、誰もいない隙に畳の目に沿って左手の人さし指を滑らせてみる。ツルツルとしていて、不思議な感覚だった。


 少年が座っている位置から左手側にある廊下を複数の誰かが歩く足音が聞こえる。

 そちらに少年が視線を向けると、まず最初に廊下から顔を出したのは異母兄弟の兄の方であった。

 あからさまに嫌悪の表情を表し、何かを言いかけて口を閉ざして座敷に入る。

 続けて、弟の方が入ってきた。

 弟も同じように嫌そうな表情を浮かべ、兄とは異なり「なんでこいつがいるんだよぅ!」と叫ぶ。

 と、背後から現れた大きな手がドンッと弟の背を強く押した。

 たたらを踏んだ弟は振り返り、文句を言おうとして口を閉ざす。背を押したのがギロリと弟を睨みつける村長だったからだ。


 正月のめでたい日にだけ、この兄弟は集められる。

 座る順序も決まっており、座敷の入口である場所から数えて弟、兄、少年の順で横並びに正座していた。

 彼らの正面には村長がゆっくりと腰を下ろし、正座をする。


 いつもであれば、この日はただ挨拶をして「病も怪我もなく今年も無事に過ごすように」という言葉をもらうだけだった。

 ―― だがこの日。村長はため息を吐き、彼らを見渡した。


「数えで7つとなったお前たちには、役目がある。これは山神様からの思し召しである。心して取り掛かるように」


 このときばかりは、この場に集められた3人の兄弟たちは顔を見合わせた。

 そんなこと、今まで一度も聞いたことがなかったからだ。


 彼らの反応を静かに見つめていた村長は、話を続けた。


「この村の周囲にある山々には、一柱の山神様がいらっしゃる。毎年、災禍なく山の恵みをいただけるのは山神様のおかげだ。我が家は遥かな昔から神職を担ってきた。我が村に住むものはすべからく山神様を敬い、祀り、山神様が憂いなく暮らせるようにするのが義務である」


 兄弟たちの視線が自然と、座敷の一番奥にある神棚へと向けられた。

 人前に出ることを厳しく制限されていた少年でさえ、この屋敷で働いている者たちの家にも神棚があることを知っている。

 毎年、大晦日近くになると「うちでも神さんの前にご飯を用意せにゃ」と、みな早々に帰るようになるからだ。


「数十年に一度、我が家から適齢の子どもを世話役として山神様に送り出す儀式がある。その年の桜が芽吹く間に準備を整え、桜が咲いたら年明けまで山神様の御下で暮らす。年明けになれば、山神様から送り出されて村に帰って来ることができる」

「その、子どもがオレたちってことですか」

「そうだ」


 村長が膝の上においていた手を開き、ポンと膝を叩く。


「今日から毎日(みそぎ)をし、山神様へ捧げる神饌(しんせん)を持って裏手の山頂にある社殿に日参せよ。ただし、今年は3人いるから社殿への参拝は日ごとで良い」

「今日から!?」

「今日からだ」


 パンと村長が両手を叩くと、いつの間にか廊下に控えていたであろう数人の使用人たちが座敷に入ってきた。

 驚く兄弟たちのうち、少年の異母兄を立たせる。

 異母兄は「なんだよ! 離せ! なんでオレなんだ!!」と叫び暴れていたが、大人の力に敵わず、ズルズルと廊下へと引きずり出されていった。


 呆然と見送った少年の異母弟が「なんで」と呟いた。


「なんで、こいつじゃないの? なんで兄ちゃんが最初なの!?」

「こういうときは長子からと決まっている。お前たちは同じ年に生まれたが、生まれたのがあれが先だ。だからあれが最初だ」


 つまり、明日は少年ということだ。

 まだ納得がいかない様子の異母弟とは異なり、少年は「分かりました」と静かに答える。

 従順な様子の少年に村長は満足げに頷くと、今度は2回、手を叩いた。

 すると同じように廊下から使用人ふたりが現れる。ひとりは少年と馴染み深い老人だった。

 先ほど、異母兄を連れ出すときは5人いたのと比べれば、ずいぶんと扱いが違う。


「先ほども言ったが、禊は毎日する必要がある。病や怪我だけはないように、慎重に進めなさい」

「みそぎって何をやるの?」

水垢離(みずごり)だ」

「水!? ヤダよ! 寒いじゃん! 死んじゃうよ!!」

「そのぐらいで死なん」


 逃げ出そうとした異母弟を、使用人が捕まえる。

 イヤダイヤダと泣き叫ぶ異母弟だったが、彼自身が異母兄よりも体格が小さいこと、彼を担当した使用人の体格が良かったこともあって抵抗虚しく、連れて行かれた。


 座敷には村長と少年、そして老人の3人が残っている。

 少年は何も言わず、左手をついて頭を下げた。そうしてその場から立ち上がると、同じく立ち上がった老人とともに座敷を出ていく。



 三者三様の退出を見届けた村長は、ぽつりと呟いた。


「……無事に終わらせにゃ」


 その呟きは小さかったものの、広く誰もいない座敷にやけに重く、静かに響いた。




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