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12.父が示す道

 ユウマの言葉が、静まり返った部屋へ重く沈んだ。

 神の器たちは、すでに何者かの戦いへ巻き込まれている。

 そして、自分もその一人である。

 北の森で起きた出来事を思えば、否定することはできなかった。それでも、突然そのような運命を突き付けられ、すぐに受け入れられるはずもない。

 ミカヅキは無意識に拳を握り締めた。

 村を離れて王都へ向かう。

 そこで自分と同じ神の器に会い、正体も分からない力について学ぶ。言葉だけを並べれば単純に聞こえるが、昨日まで村の外へ出ることさえほとんどなかった自分にとっては、今までの暮らしを根本から変える決断だった。

 何より、王都へ行ったところで、自分が何を求められるのか分からない。

 誰も言葉を発さない中、窓から入り込んだ風だけが布都御魂の飾り紐を静かに揺らしていた。


「行け」


 不意に、低い声が沈黙を断ち切った。

 その場にいる全員の視線が、部屋の隅に立っていたサキヒトへ集まる。


「親父?」

「王都へ行け」


 聞き間違いではなかった。

 サキヒトは腕を組んだまま、迷いのない眼差しでミカヅキを見つめている。

 王都への召集を最も警戒し、反対するのは父だと思っていた。村の外で起きていることを語ろうとせず、布都御魂についても何かを隠しているように見えたからだ。

 それなのに、サキヒトは誰よりも早く王都行きを受け入れていた。


「本当にいいのか?」

「何がだ」

「俺が村を離れても」

「お前がいなくとも、村は滅びん」

「そこまで言わなくてもいいだろ」

「事実だ」


 いつもと変わらない無愛想な返答だった。

 だが、その声には息子を突き放す冷たさはない。むしろ迷いを断ち切り、背中を押そうとする強さがあった。


「村のことは気にするな。警護なら俺とほかの妖伐士で足りる」

「でも、今は妖の出現も増えてるって――」

「だから何だ」


 サキヒトはミカヅキの言葉を遮った。


「お前一人がいなければ守れない村にした覚えはない」


 静かな声だったが、有無を言わせない迫力があった。


「行け、ミカヅキ」


 再び告げられた言葉に、ミカヅキは唇を噛む。


「お前は知るべきだ」


 その一言が、胸の奥へ引っ掛かった。


「何を?」


 サキヒトはすぐには答えなかった。

 代わりに視線を動かし、壁際に立て掛けられた布都御魂を見つめる。

 白銀の神剣へ向けられた目には、懐かしさとも警戒ともつかない複雑な感情が浮かんでいた。


「お前自身をだ」


 部屋が静まり返る。

 意味を理解できず、ミカヅキは父の顔を見つめた。

 神の器としての自分を知れ、という意味なのだろうか。それとも、さらに別の何かが隠されているのか。

 サキヒトの言葉を聞いたユウマは、僅かに目を細めていた。

 まるで長く抱いていた疑問の答えを、今の一言だけで得たような反応だった。


「親父」

「何だ」

「何か知ってるんだろ」


 サキヒトの眉が僅かに動く。


「あの力のことも、布都御魂のことも。禍津蛇が最期に言っていたことも、何か知ってるんじゃないのか」


 問いを重ねても、父は答えなかった。


「俺の神がタケミカヅチじゃない可能性があるのか?」


 カナメが不安そうにミカヅキを見つめ、アカリも黙ったままサキヒトの返答を待つ。

 長い沈黙が流れた。

 やがてサキヒトは、胸の奥に溜め込んでいたものを吐き出すように、小さく息をついた。


「知っていることはある」

「本当か?」


 ミカヅキは思わず身を起こしかけ、身体に走った痛みに顔をしかめた。それでも視線は父から逸らさない。


「だったら教えてくれ。俺の中にいる神は誰なんだ。禍根蛇(まがつち)は、いったい何を恐れていた?」

「今は話せん」

「なんでだよ」

「お前が知らなければならないことは、俺の言葉だけで理解できるものではない」

「また、時が来ていないって言うつもりか?」

「ああ」

 サキヒトは迷いなく頷いた。

「まだ、その時ではない」

「いつになったら来るんだよ、その時は」

「少なくとも、ここで寝ているだけでは来ない」


 皮肉にも聞こえる言い方だったが、サキヒトの表情は真剣だった。


「王都へ行け。妖伐士本部へ行き、ほかの器を見ろ。自分の剣と、内に宿る力が何なのかを、自分の目で確かめろ」

「王都へ行けば、分かるのか?」

「すべてではない」


 サキヒトは僅かに目を伏せた。


「だが、今のお前に足りないものは見つかる」


 それが剣の技術を指しているのか、神の器としての知識なのか、それともミカヅキの出生そのものに関わる何かなのかは分からない。

 ただ、サキヒトが何も知らないわけではないことだけは、はっきりした。

 ミカヅキは納得できなかった。

 それでも、父がこれ以上語らないことも分かっていた。一度口を閉ざしたサキヒトから、無理に答えを引き出せたことなど一度もない。


「なるほど」


 小さな声が聞こえた。

 ミカヅキが振り返ると、ユウマが口元へ僅かな笑みを浮かべている。


「何がですか」

「いえ」

「今、明らかに納得したって言いましたよね」

「独り言です」

「何に納得したんですか」

「それを口にすれば、こちらの剣士殿に斬られそうですので」


 ユウマの視線がサキヒトへ向く。

 サキヒトは否定も肯定もせず、ただ鋭い眼差しを返した。


「斬られるようなことを考えてるんですか?」


 カナメが警戒するように尋ねる。


「日頃の行いが悪いのか、よく疑われます」

「絶対に日頃の行いのせいだよ」

「会ったばかりですが、手厳しいですね」


 軽く肩を竦めるユウマに、アカリが小さく息を吐いた。


「監察官殿。知っていることがあるなら、隠さず話していただきたい」

「残念ながら、私にも確証はありません」


 今度の返答は、先ほどまでよりも真剣だった。


「ただ、カシマ殿がミカヅキ殿を王都へ送り出す理由について、少しばかり得心がいっただけです」

「それは、どういう――」

「その先は、王都で確かめていただきましょう」


 ユウマは逃げるように話を切り上げると、窓の外へ顔を向けた。

 空は明るく、村の家々からはいつものように炊事の煙が上がっている。通りを歩く村人の声も聞こえ、北の森での戦いなどなかったかのように、穏やかな日常が続いていた。

 しかし、その日常が以前と同じものには戻らないことを、ミカヅキはすでに理解していた。


「神の器が一つの場所へ集まる」


 ユウマが、独り言のように呟く。


「それも、堕ちた神や妖の動きが活発になり始めた、この時期に」


 口元には微かな苦笑が浮かんでいた。


「穏便に済めばよいのですが」

「何が起きるんですか」


 ミカヅキが尋ねると、ユウマは振り返った。


「何も起きないことを願っています」

「その言い方だと、絶対に何か起きるだろ」

「鋭いですね」


 監察官は悪びれることなく答えた。


「少なくとも、王都はしばらく騒がしくなるでしょう」

「は?」

「神を宿す者は、皆それぞれに強い力と事情を抱えています。そのような方々が一堂に会し、新たな器まで現れるのです。何事もなく終わると考える方が難しい」


 ユウマの視線は、ミカヅキを通り越し、その背後にある遠い未来を見据えているようだった。

 王都で自分を待っているものは、歓迎だけではない。

 ほかの神の器との出会いも、妖伐士本部による召集も、布都御魂に隠された秘密も、すべてが新たな争いへつながっている。

 それでも、行かなければならない。

 自分の中に眠るものが何なのかを知るために。そして、今度こそ与えられた力に振り回されることなく、大切な者を守れる剣士になるために。

 ミカヅキは枕元の布都御魂へ手を伸ばし、その鞘へそっと触れた。

 神剣は何も答えない。

 しかし、冷たいはずの鞘の奥から、確かな脈動が伝わったような気がした。


「分かりました」


 ミカヅキはユウマへ顔を向ける。


「王都へ行きます」


 カナメが目を輝かせ、アカリは静かに頷いた。

 サキヒトだけは何も言わなかったが、その眼差しはいつもの朝稽古で見せるものと同じだった。

 前へ進め。

 言葉にせずとも、そう告げている。

 ミカヅキの返答を聞いたユウマは満足そうに目を細め、深く頭を下げた。

「承知いたしました。では、傷が癒え次第、王都タカマガへ向かいましょう」

 その瞬間から、村の外に広がる世界は、もはや遠い場所ではなくなった。

 妖伐士たちが集う王都。

 神を宿す者たちとの出会い。

 そして、ミカヅキへ敵意を向ける、まだ見ぬ器の存在。

 穏やかだった村での日々を大きく変える旅は、すでに始まっていた。

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