第九章 中央厨房の革命
神官団は、五人で来た。
白い長衣に金の縁取り。胸には太陽の紋章。中でも年長らしい男が、私の前に進み出た。
「中央厨房の、聖化の儀を執り行う」
「聖化の、儀」
料理長が私の隣に立ち、低く言った。
「神官団、これは厨房の改革であって、聖化ではない。皇太子殿下の許可も、改革のためだ」
「料理長殿。我が国の厨房は、神殿の祝福を受けて初めて成り立つ。聖化を経ずして、改革とは申せまい」
料理長は唇を結び、私を見た。
私は神官に向かって深く頭を下げた。
「私はただ食事の安全を守りたいだけです。聖化の儀のことは、私には分かりません」
「下女ふぜいに、分からせる必要もない」
年長の神官は、冷たく笑った。
彼らは厨房を一周し、いくつかの場所に紙の札を貼った。「祝別済」「未浄」「禁域」。私の作業台にも、紙が貼られた。
「この台は、未浄である。聖女様の祝福を受けて、初めて使用できる」
「使用できないと、皇太子殿下のお食事が」
「聖女様の祝福を受ければ済む話だ」
料理長が私の腕を引いた。
「アカネ、ここで言い争うな」
神官団は厨房を出ていった。後に残ったのは、ぺたりと貼られた紙の札と、私たちの困惑だけだった。
夜、レイノルドが厨房に直接やってきた。私服に近い格好だった。
「アカネ、聖化の儀の話を聞いた。聖女側の動きは早い」
「殿下、これでは食事の支度が」
「分かっている。私が王に再度進言する。だが、神官団は王の影響下にない部分も多い」
「神官団は、誰の指示で動いているのですか」
レイノルドは少し沈黙した。
「聖女イレーナだ」
「彼女はなぜ私を妨害するのですか」
「君が、彼女の力の根拠を奪うからだ」
私は意味が分からず、彼の顔を見上げた。
「彼女は神殿の力を背景に、王宮の食事と祈りに関わってきた。中央厨房を聖化することで、自分の影響下に置いていた。改革は、彼女の足場を崩す」
「私はそんなつもりは」
「君がそうでなくても、彼女はそう受け止める」
レイノルドは深く息を吐いた。
「アカネ、ひとつ約束してほしい」
「はい」
「君は、君のやり方を変えなくていい」
彼は私の前に銀のスプーンを置いた。皇太子の家紋が刻まれている。
「これを、護符として持ってくれ。誰かに咎められたら、これを見せていい」
私はスプーンを受け取った。
ずっしりと重く、冷たかった。
「殿下、私は」
「君を、信じている」
彼の目が灯火のなかで、揺れずに私を見ていた。
翌週、聖女イレーナの主催で、王宮舞踏会の準備が始まった。
神官団は何度も厨房に来ては、聖化の札を貼り直していった。私はその紙を一枚も剥がさず、ただ自分の作業を続けた。
舞踏会前日の夕方、料理長が厳しい顔で私を呼んだ。
「アカネ、聖女様が、舞踏会の前菜の試食をすると言ってきた」
「私が作ったものをですか」
「お前ではない。聖女様自身が、試食したいと」
「それは、何を」
「分からん。だが、よくない予感がする」
その夜、私はノートに、長い記録を残した。
書き終えてから、ノートを枕の下に隠した。
窓の外で、月が薄く欠けていた。




