第四章 色の違うまな板
翌朝、私は厨房の隅にひとり立ち、自分の道具を整理することから始めた。
まな板を四枚、別々に確保した。一枚は生肉用、一枚は魚介用、一枚は野菜用もう一枚は果物と切ったあとの食材用。木のまな板に、私は端切れの布で印をつけた。赤、青、緑、白。ぼろ布だが、色が違えば一目でわかる。
次に、桶を二つに分けた。野菜を洗う桶と、肉を仮置きする桶。床の動線も、汚れた水が乾いたほうへ流れないよう、桶の置き場を変えた。
「何やってんだ、新入り」
昨日笑った大男が、迷惑そうに眉をひそめる。
「すみません、これだけ済ませたら、すぐ洗い場に入ります」
「副料理長から、台に立てって言われたんだろ」
「はい」
「気に入らねえな。下女が偉そうに」
彼は鼻を鳴らした。私は無視して、自分の作業を続けた。
手を洗う水は、必ず一度沸かしたものを冷ましたものに変えた。井戸水を直接使うのは、私には怖かった。腹を壊した経験のない人間ばかりが集まるこの厨房で、なぜ皆が無事なのか、それすら不思議だった。
昼前、厨房の隅にいた老いた下女が、私のそばに立っていた。
「あんた、変わってるね」
しわの深い、優しい目をした人だった。
「マルタって呼んどくれ」
「茜、です」
「アカネ。聞かない名だね」
マルタは私のまな板を見て、ふっと笑った。
「色を分けてんの、初めて見たよ」
「あの、混ざると、お腹を壊しますから」
「混ざるって言葉、面白いね」
マルタは何かを思い出すように天井を見上げた。
「昔、神殿の祈りの間でね、台を四つに分けるって聞いたことがあるよ。聖食を作るときの、決まり事だってさ」
聖食。
私は手を止めた。
「神殿の人たちは、何のために、分けるんですか」
「『穢れ』を寄せ付けないため、だってさ。あたしには小難しい話だったけど」
穢れ。私たちが呼ぶ「雑菌」のことではないか、と直感した。
言葉が違うだけで、やっていることは同じなのかもしれない。
午後、副料理長が私の作業台にやってきた。
「お前、これは何だ」
彼は私のまな板の色布を指した。
「色で分けています。生肉用が赤、魚が青、野菜が緑です」
「目的は」
「血と汁が混ざらないように」
「なぜ混ざってはいけない」
私は口元を引き締めた。
「混ざると、見えない『穢れ』が、食べた人の体に入ります」
副料理長はしばらく無言で私を見た。
そして、ぽつりと言った。
「お前、どこかの神殿の出か」
「いえ、違います」
「なら、誰に教わった」
「祖母です。田舎の、寺の台所をしていた人で」
「テラ。そういう神殿があるのか」
「はい」
彼は腕を組み、しばらく考え込んだ。それから、太い声でほかの下働きを集めた。
「これより、肉を扱った台で野菜を切ることを禁じる。台が足りないなら、布を巻け。色を変えろ。アカネがやっているのと同じだ」
厨房がざわめいた。
「副料理長、どうしたんですか急に」
「黙って従え。これは、料理長にも上申する」
彼は私を一瞥して、自分の持ち場へ戻っていった。
夕方、料理長が直々に私を呼びに来たのは、その日の終業前のことだった。




