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8話 明ける夜



 激動の夜から一夜明けた朝。 空は高く、突き抜けるような青が一面に広がっていた。


「魔法はやっぱり羨ましいな。私なんてパパとママにコテンパンにやられたわよ」


 芝生が生い茂る丘の上。立派な一本の大樹の下でセレナが膝を抱えてボヤいた。その小さな呟きはのどかな秋風に乗って青空へと消えていく。



「ま、実際アタシも羨ましいよ。別にさ、今魔法授かっちゃってもいいんじゃない?」



 15歳組の双子の姉・アリシアが、男の子のようにも見える短いショートカットをかき上げながら言った。 今日は僕ら13歳組だけでなく、珍しく村の子供10人全員がこの丘に集まっている。


 昨日の脱走騒ぎでテーレの治癒魔法があったとはいえ何人かはボロボロになるほどの重傷を負った。そのため、大人たちから『今日は全員休養日』と言い渡されたのだ。


 けれどあんな壮大な夢へのスタートを切った直後だ。全員、そわそわして家に引きこもっていられるはずもなかった。


 不満を漏らす僕たちに対し、長い黒髪と白いワンピースの裾を風になびかせていたテーレが人好きのする笑みを浮かべて人差し指を立てた。


「セレナちゃんやアリシアちゃんの言い分も分かりますが、ダメですね」


 テーレはさらに2本の指を立てる。


「理由は3つです。1つはこの村の魔法に関する知識は世界から400年遅れていること。2つ目はこれから外に出て見聞を広め、魔法の可能性を広げられる機会があるのに今ここで魔法が決まるのは勿体無いこと。そして3つ目は魔法に関して、ある『仮説』があるからです!ふふ、内容は今は言いません!」


 テーレは3本の指をパッと畳み、唇の前で可愛らしくバツ印を作った。


「なんやテーレ、慣れへんことしとんなぁ。それぜーんぶフォードの受け売りやろ?」


 芝生に寝転がっていたエンがニヤニヤしながら水を差す。


「ふふ、そうですよエン。フォード君は口下手なので、代わりに私が話してみました。でも、それを聞いて納得したのだから私の意見でもありますよ?」


「別に俺は口汚いだけで口下手じゃねえ」


 大樹の幹に背中を預け、胡座をかいていたフォードが煩わしそうに目を細めた。


 けれど僕らは気付いていた。 テーレが言ったそのデメリットを目の前の年長者3人はすべて自分たちの身で引き受けたのだということを。


 400年遅れた魔法をあえて授かり、あるいはフォードのように発現しなかったからこそ導き出された仮説。 最高の状態で僕たちにバトンを繋ぐために彼らは泥を被った。その恩恵を僕たちはただ無条件で享受していいのだろうか。


 僕の視線に気づき、フォードがうんざりしたようにひらひらと手を振った。


「お前はいちいち顔に出過ぎなんだよ。これから世界を相手に大博打打とうって時に、必要経費についてごちゃごちゃ気にしてんじゃねえようざってえな」


 相変わらずの憎まれ口。けれど、その不器用な言葉の裏にある優しさを僕らは痛いほど知っている。

 フォードは「なぁ?」と同意を求めるように、隣のテーレとイヴォールトを見た。


「いいんですよ。私達はお兄さんお姉さんなんですから。失敗も成功も、すべては貴方達という次に繋げるお手本なんです」


「…そうだ」


 3人があまりにも3人らしくて、自己犠牲なんて大層なことを微塵も気にしていないのがなんだか無性におかしかった。

 照れくさくなって視線を外すと、ムツキやセレナたちとも目が合い僕たちは吹き出した。


 その照れ臭さをかき消すように、レントが頭の後ろで両手を組んで伸びをする。


「魔法って面白そうだけど得体が知れなくてちょっと怖いけどな〜」


「レントは基本ビビりっすからね。態度のデカさとかフォードに見習ったらどうすか?」


 ガルシアが小馬鹿にするように肩をすくめる。


「勇気はアリシア姉ちゃんの担当なんだよ……。フォードのはほら、唯一無二の傲慢さじゃん?」


「あっは!ならフォードの担当多すぎっすよ!傲慢と理不尽と理屈屋と気分屋と…」


 ガルシアが言い切る前にその襟首が左手によって掴まれた。当然、右手はレントの襟首を完璧に捉えている。


「よし決めた。久々に特訓にするぞ。――3人とも来い」


 氷点下の声で告げたフォードに、僕らは同情を込めて苦笑いした。ガルシアの悪ふざけにレントが乗っかった時点で完全に予測できた未来だ。


「はぁ!? 今日休養日っすよ!? そりゃないっすよフォード!」


「ムリムリ! 15になってから村での特訓なんて全然やってないのに! 姉ちゃん助けてー!」


「は!? 3人って……それ、俺も入っとるん!? 俺口出さんと大人しくしとったやんか!」


 慌てて這いずり逃げようとするエンの背後に、フォードが音もなく回り込む。


「エン。いつも率先してふざける癖にヤバそうな空気になったら逃げるその小賢しさが気に入らない。来い」


 フォードはこめかみに青筋を浮かべながら左手一本でガルシアとレントの襟首をまとめ、逃げ遅れたエンを右腕の強烈なヘッドロックでガッチリと固定して引きずりながら丘を降りていく。


「傲慢や! 16にもなって完全にガキ大将やこいつ! 誰か止めてくれ、俺たちの夢が悪夢に変わるぅうう!!」


 連行されていく悪ふざけ3人組を見送りながら、セレナがこっそりと僕の隣に寄ってきた。


「フォードにまともに付き合えるのなんてアンタくらいじゃない、シオン。行って助けてあげなさいよ」


「んー、いつもならいいんだけどね。昨日テーレの魔法がお披露目されたのは特訓に回復を使い始める意図もあった気がするんだよ」


「…?え、まさかフォード回復魔法を前提にした無限組手でもやる気!?」


 頭脳以外にも努力の才というものに恵まれたフォードの無尽蔵の体力に付き合わされボコボコにされては回復される地獄を想像して顔を青くするセレナだが、彼女は常識に囚われすぎだ。何もわかってない。


「組手で済めば奇跡かな。フォードってマジでブレーキついてないから」


「ちょっと! あいつ真剣持ち出してない!? ウチ、1抜けた! 巻き込まれたらたまったもんじゃないわ!」


 血相を変えて脱兎のごとく走り出した幼馴染を見送り、僕も即座に踵を返す。


「ハッハッハ! 2抜けだ! 今、訓練とは思えない血潮が舞い上がったぞ!」


「レントには悪いけど、良い時間だしアタシも帰るわ。ま、あいつらには良い薬でしょ」


ムツキに加えてアリシアまでもが弟を置いて家へ逃げ帰っていく。やばい。僕も逃げよう。


「 テーレ、あとよろしく! 僕も帰るからね!」


「はいはい分かりましたよ。みんな、気をつけて帰ってくださいね!」


 傾き始めた西日の方に走る僕達に呆れたように手を振りかえすテーレ。彼女はふぅ、と小さく溜め息をつくと、隣に唯一残ったイヴォールトに向けて頬を膨らませた。


「まったくもう。テレサさんのお子さんももうすぐ産まれるのに、みんなお兄さんお姉さんになる自覚が足りないわ。他所の子だなんて思っちゃダメよ。そう思わないイヴ?」


イヴォールトは本格的に回復魔法が必要そうなえぐい光景を静かに見つめ、ぽつりと言った。


「……まだ、甘えていたいのさ。……もう少しの間、下の子でいさせてあげよう」


 イヴの言葉に少し驚いたテーレは微笑みを崩し、そして名一杯に破顔してニッコリ笑った。


「うん!そうだね!そうしよっか!」




「姉ちゃん助けてええ!!でぇえ!?いない!?嘘でしょあの人弟の血飛沫見て帰ったの!?」


「テーレぇえ!回復っす!死ぬっす!ていうか止めてくれっす!」


「テーレはフォード止めへんねん人選ミスや!イヴ交代や!お前のタフネスが今こそ光る時やで!!!」


「うわわっ、みんなちょっと待ってください! 今治しますからぁあ!」



大慌てで走り出すテーレに、イヴォールトはフォードとの地獄のダンスの覚悟を決めて後ろを追った。

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