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7話:All in


 この世界にはエルフ、ドワーフ、吸血鬼、獣人、そして――『人類』がいる。


 魔法という概念が生まれる前の太古の時代。それぞれの種族は各々の特徴を活かして繁栄を目指した。

 エルフは豊かな自然と調和し、ドワーフは圧倒的な怪力で山を切り開き、吸血鬼は闇に紛れて夜の都を築き、獣人はその鋭い爪と牙で他者から富を簒奪した。


 そして人類はそれら優れた種族たちの技術を見て、学び、模倣し、取り入れることで、国を成長させていったのだ。


 それぞれの国家がある程度の規模に達した頃。

 エルフが魔法という名の奇跡を発見する。この瞬間、世界の歴史は大きな転換点を迎えた。


 魔法とは単なるエネルギー革命ではなく、大量破壊兵器の誕生だったのだ。

 最初にその強大な力を手にしたエルフたちはそれまで小競り合いを続けていたドワーフへと一方的な戦争を仕掛け、歴史的な勝利を収める。そしてその戦火は瞬く間に世界中へと引火していった。


 魔法という兵器は国家のパワーバランスを覆すものであると同時に、村の一住人であっても容易に持ち得る凶器となった。それにより、世界の争いや差別は加速度的に激化していく。


 そんな大戦乱の時代。最も凄惨な差別と弾圧の弊害を受けたのが、他種族の技術を模倣することしかできなかった『猿真似のヒューマン』と呼ばれた人類だった。


 人類国家は各国からの容赦のない猛攻を受けて瞬く間に壊滅。人類は安住の地を失い、世界中に散り散りになっていった。

 ある者は奴隷に落とされ、ある者は新たな土地を求めて未開拓領域へと踏み入り、魔物の餌食となったという。



「そしてこの村は400年前、この星のブラックボックスと言われる北の大地の際。魔物蔓延るこの深い森の中にひっそりと作られたんじゃ」


 薄い雲のかかった月明かりの少ない夜。 昼間に負った傷の痛みも癒えぬまま、村人ほぼ全員が村の中央にある広場へと集まっていた。


 激しく燃え盛る篝火に照らされながら村の残酷な成り立ちを話し終えた村長は、己を取り囲む子供たちから決して目を逸らさなかった。

 子供たちの未来を見守るように、そして同時に、何もしてやれない自分たちの無力を恥じ入るように。一歩引いた大人たちは押し黙ったままだ。


「つまり差別対象である我々人類はこの森から一歩でも出たら他の種族に見つかって村ごと潰され、全員殺されてしまう、ということですか……」


 静寂を破り、テーレが口火を切ったのはフォードが珍しく井戸の縁に腰掛けたまま頬杖をついて頑なに顔を上げないからだ。

 子供達の最年長のひとりとして、彼女は声を震わせながら言葉を発していた。


「かと言って、北には未確認の恐ろしく強い魔物がいる上に植生が違いすぎて食料の確保すらままならない、と」


「姉ちゃん、それって完全に詰んでるんじゃ!?!?」


 続いたのは、15歳組のテレシア。情けない双子の弟レントとは正反対に、普段は頼れる姉御肌な彼女もその端正な顔を苦渋に歪めていた。


「レント、まだ静かに。材料が揃ってないっすよ」


 キョースケはレントを諌めながらいつものにこやかな表情を崩さず村長を見つめていた。

 その通りだ。僕たちは絶望的な昔話を聞いて泣くためにここに集まったわけじゃない。ここから僕たちがどう生きるかを決めるためにいるんだ。


 僕は必要な情報を得るため村長へ問いを投げかける。


「じいちゃん。種族の違いっていうのは見た目で一発で分かるから見つかる、て認識で合ってる?」


「…いや、エルフの耳が尖り、獣人が4つの耳を持っていたのは太古の時代の話じゃ。血が混ざり合った今となっては身体的特徴は薄れ、種族ごとに多少の傾向がある程度に過ぎん」


「んあ?じゃあ、旅のドワーフだって嘘をつけば他の街に潜入し放題なんか?」


 緊張感なくひょっこりと手を挙げて発言したエンのセリフはその場にいる全員の疑問でもあった。それに対し村長は重く首を振る。


「400年前に世界で起こったのは容赦のない人類狩りじゃよ。人類的な特徴を持ち、出自のはっきりとしない者は総じて残酷に弾劾されてしまった…」


 人類狩り。前世の地球でいう魔女狩りのような狂気が、この魔法の世界にも存在していたのか。


「人類的特徴とは?」


 さらにイヴォールトが極端に短い言葉で問う。

 明確な差異が失われた世界で、人類を見分ける基準とは一体何なのか。村長は苦い水を飲み干すように答えた。


「……無特徴じゃ」


 僕を含めた子供たち全員の思考が、一瞬凍りついた。ふざけるな、と誰もが心の中で毒突いた。


「中肉中背で、目立った身体的特徴のない者はそれだけで人類だと疑われ殺された。『ドワーフのくせに細すぎる』『吸血鬼のくせに肌が白くない』という理不尽な理由で人類だと疑われ、凄惨な拷問の末に冤罪で処刑された者もいたそうだ」


 想像を超える悪意の歴史に言葉を失う。何がそこまで駆り立てるというのか。

 いや、きっと明確な理由なんてないのだ。戦乱の歪みの中で、誰かを迫害するための都合のいい生贄が僕ら人類だったというだけのことだ。今も昔も異世界だろうと変わらない不条理な摂理がそこにあった。


「偉丈夫のイヴォールトはドワーフのようであり、線の細いセレナはエルフのようじゃな。出自の証明ができない以上、深く調べられれば首が飛ぶじゃろうが……それぞれの種族を騙れば見た目で疑われることはないやもしれん」


 何年もの間、胸に抱え続けてきたやりきれない想いを吐き出すように村長は言葉を続ける。


「しかし、これは伝え聞かされてきた400年前の話じゃ。400年はあまりにも長い。混血がさらに進んで差別そのものが風化したのか。あるいは、より完璧に種族を見分ける方法が確立され、差別がさらに激化したのか……」


 村長はそこで躊躇うように言葉を切った。

 そして、数十年もの間村の大人たちを縛り付け、絶望させてきた最悪の仮説を告げた。


「そもそも……この世界に我々以外の人類が、まだ生き残っているのかすら分からんのじゃ」


 広場が静寂に包まれる。

 これはきっと大人たちの間で何度も何度も議論され、その度にリスクの大きさに怯え、外の世界を探すことを諦めてきた最大の理由なのだろう。


「森を出た誰か一人が人類だと露見すれば400年間守り続けてきたこの村の存在が世界に知られ、全員が虐殺されるリスクがある。従って、この森を出ることを一律に禁じてきた」


 大人たちは押し並べて下を向いたままだ。この圧倒的な理不尽を自分たちだけでなく、愛する下の世代にまで強制しなければならない苦悩。

 その鎮痛な面持ちに、胸が締め付けられる。


「ハッハッハ!だけどもう限界だろう!!!」


 笑えない現実を、それでもムツキが呵々大笑と笑い飛ばす。驚くほど空気は読めていないがその言葉は誰もが目を背けていた本質を鋭く突いていた。


「ええ。この閉鎖された森の中では村は発展しようがないわ。それに、近親婚を避けながら延命し続けた村はこの400年でここまで少子化した」


 セレナが冷徹に数字の現実を突きつける。これについて最も焦りを抱いていたのはきっと僕だ。

 前世の知識を活用しようにも、地球人のうち蒸気機関の正確な仕組みを理解している人間がどれだけいる?銃を作ろうにも火薬の配合や素材の調達方法を正しく知っている子供がどこにいる? 学のない僕には手の打ちようがなかった。


 その歯痒さがあるからこそ僕はせめてこの肉体だけでもと、己を鍛えてきたのだ。


「わしたちは緩やかな終わりを目指していたんじゃよ…」


 村長のその言葉に僕は目眩がした。それが、僕の両親も含めた大人たちの総意だったのか。

 僕が今世で与えられた、この穏やかで愛に溢れた幸せな生活は、村の未来のすべてを諦めるという絶望と引き換えに辛うじて維持されていたものだったなんて。


「そんな馬鹿な話…!最後には誰かが割を食うじゃないか!上の世代が先に逝って!残されて!衰退した村でたった1人死んでいく誰かが僕らの下の世代で生まれるぞ!」


 僕の言葉は空虚に響く。パチパチと音を立てて燃える火が大人達の顔を照らすが、その顔は一様に暗い。


「そんなこと分かってる。けど、リスクが大きすぎるだろう…。下手をすればこの村の数十人全員死ぬんだよ」


 東門の見張りであるブギーが小さく嘆く。


 大人達は変化を恐れているんだ。このままじゃいけないと分かっていても、それで変化を起こして失敗したら。自分が行動を起こそうと声を上げたせいで隣にいる誰かを死なせてしまったら。その恐れが400年の呪いを生んだ。明日を変える原動力が、この村にはない。


「微睡むように生きていれば、痛みのない人生だったろう」


 唐突に僕たちの長男が頬杖をついたまま重い口を開いた。

 その声は低く、酷く冷ややかに、けれど確かな熱を孕んで広場に響き渡る。


「夢を見ず、自分のやりたいことが何かも知らないまま死んでいけば傷を負うこともなかったろう」


 衰退していくこの村は決して荒廃はしていない。誰も飢えていないし、大きな争いもない。もしかしたらそれは一つの美しく立派な人類の幕引きなのかもしれない。


「だが――そんな静かな自殺、見ていられるかよ」


 ゆっくりと立ち上がったフォードが全員の視線をその一身に集める。けれど、本人の鋭い眼差しは未だ地面を睨みつけたままだ。


 そんなフォードをムツキの父や他の大人達が糾弾する。


「フォード!お前の言いたいことは分かる!俺も外を夢見ていた時期はある…。けどな、リスクとリターンが見合ってないだろう!食料も十分で不自由なく生活してるこの村を出る必要がねえよ!」


「そうよ!知らなければ欲しくもならないわ!外に出たところで待っているのは差別じゃない!」


「子供達には申し訳ないけど、それが君たちのためでもあるんだよ…」


 それらに対し一切の反論をせず、大人たちが抱え続けてきた400年分の暗い想いに触れるように彼は言葉を絞り出す。



「夢を、見ねえか?」


「な、に?」


 呟くような、けれど我慢ならない熱い衝動を吐き出すような声だった。

 ムツキの父が面食らい、唐突なフォードの言葉に一同がざわめく。


「他人に笑われるくらいのでかい夢を。身を焦がすほどの熱に任せて」


 フォードはゆっくりと顔を上げる。そして大人達を見渡して、誰も彼も目が合わないことに心底腹を立てるんだ。彼はそれを許さない。

 違うだろ。そうじゃねえだろと。


「下を向くんじゃねえ…。申し訳なさそうにしてんじゃねえよ…!死ぬ気で足掻いてみろよ!外に何があるかだって!?なにもかもだ!この星にあってこの村にないもの全てがあるはずだ!」


「俺達のためだと!?冗談じゃない!それなら同じ言葉を返してやろう!お前らのためだ!お前らに見せてやりたい景色が!して欲しい冒険があるんだ!」


「苦しくとも泥水の中をもがいた人間にしか見えない景色が、その先にあるって信じたいと思うのは俺がズレてんのかなぁ……!!」


 次々と止まらないフォードの言葉には力があった。何かが確実に伝染していた。じっとりと汗ばんだ自分の掌を感じて、僕は初めて自分が両の拳を強く握りしめていたことに気付く。


 周囲の大人たちの呼吸の音が変わる。全身の毛穴が開き、皮膚に鳥肌が立つのを感じた。


「挑戦にその血を滾らせろ!死ぬ時に精一杯生きたと、他ならぬ自分自身に胸を張って言ってやれるように!」


「身の丈に合わねえ夢に目一杯背伸びしろ!俺は!お前ら大人達のその、すべてを諦めた死んだような目が!我慢ならねえんだよ!!!」


 次第に大きくなっていったフォードの声は今や広場を震わせる慟哭だった。魂の絶叫そのものだった。


 それに呼応するように、僕の胸の奥から声にならない歓声が突き上げてくる。やれると。やってみたいと。

 そしてその時ぽつりと、母が俯きながら囁いた。


「……私は、子供達が外に出たいなら、出してあげたいな。私達の選択の責任を子供達に押し付けたくない。子供達の選択の責任を、大人としてとってあげたい」


 …どれだけ、どれだけ勇気のいる発言だっただろう。僕の母はこんなにも強い人だったことを僕は知らなかった。

 それに感化された人間が、確かにいた。


「っっやるよ!やってやろうじゃねえかよ!ガキにここまで言われて引き下がれるほど、俺は育ちが良くねえなぁ!」


 ムツキの父がガシガシと頭をかきながらそう言った。ゆっくりと伝染していったフォードの熱は次第に大人達の胸に灯りをともし、風を吹かせ、顔を上げさせていたのだ。


 今度は熱をもって、ざわざわと再度ざわめきだす大人達にフォードはなおも口を開く。


「見るべき夢のないこの退屈な村に、俺の夢を見せてやる」


 心の芯が激しく揺さぶられる。これだ。これこそが、僕たちの誇るべき長男だ。フォードは燃え盛る篝火を背に、その黒い瞳に傲慢な炎を宿して言い放った。



「人類国家の再建だ」



 途方もない、あまりにも荒唐無稽な大望。できると言い切れる材料なんて今この場所には一つもない。


「タダ乗りはさせねえぞ。お前ら全員の命を、賭け金に載せろ」


 その傲慢な要求に対し、やはり口火を切るのは――


「全ベットです!」


 テーレはこれ以上ないほどの眩しい満面の笑みで言い放った。さらに続くは当然


「オールイン」


 寡黙なイヴォールトが短く、けれど岩のように揺るぎない声で続く。


「迷う余地なし!」


「ひゃ〜、怖いけどさ! どうせ死ぬなら、笑える生き方の方が絶対良いもんね!」


「人類の歴史に、僕たちの名前を刻むっすよ」


「これで外に出て、実は人類が世界の覇権握っとったらおもろいな……」


 アリシアの断言に続き、レントもその瞳に宿る怯えを消し去った。さらにニコニコと大望を語るキョースケと、ニヤニヤと呟くエン。


「ハッハッハ!人類に一点賭けだ!!!」


「外の世界にはどんな綺麗な景色があるかしら」


 現実を豪快に笑い飛ばすムツキ。目をらんらんと輝かせるセレナ。――そして


「ここから、スタートだ」


 僕の口からも言葉が自然と溢れた。 僕たちは今、この瞬間から、停滞していた村の歩みを新しく始めるんだ。魔法という奇跡のあるこの世界で夢を見る。


「「「「「おぉおおおおおおお!!!!! 」」」」」


 地鳴りのような、熱気を孕んだ大人達の雄叫びが夜空へと突き抜けた。

 声を上げた大人たちの瞳には、これまでとは比べ物にならないほどギラギラとした眩しい輝きが戻っている。


 こいつらなら本当に何かを成し遂げるんじゃないか、俺たちなら世界を変えられるんじゃないかと。


 400年間、進むことも退くこともできずに時を止めていた極小の世界が、ついに猛烈な速度で回り始める。その圧倒的な熱狂の渦の中に、僕たちはいた。





 たかが16歳の、魔法すら持たない小僧の言葉が村の全員の心に火をつけた光景を前に俺は言葉を失って妻の手を握っていた。


  30年以上この閉鎖された世界で生き、妻と共にシオンを育ててきた。

 俺の人生にとって、我が子の育児以上の『挑戦』など存在しないと思っていた。


 けれど今、皮膚を伝う熱い汗と、狂ったように高鳴る胸の鼓動が、自分自身がこの無謀な夢に興奮していることを教えてくれる。


 しかし、それ以上に俺は子供たちの姿に深い衝撃を受けていた。 きっとこの子たちは、具体的な話は聞いていなくともとっくに抱かれていたんだ。フォードの熱に、一人では抱えきれないほどの巨大な夢に。


 なあ、シオン。お前もそうなんだろう?


 これからは、壁が高い方に舵を切ろう。誰に言われずとも挑もう、全ての苦難と成長に。

 俺達大人もベットするんだ。子供達の未来が広がる方に。

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