6話 最終ライン
「シオン。行け」
寡黙な最年長、イヴォールトは大剣を構えたまま、顎で南の方角を指し示した。
「でもイヴ!二人で一度、父さんを倒してから進んだ方がいいんじゃ…」
父さんとイヴォールト。向かい合う二人の戦士から放たれるプレッシャーは肌がヒリつくほど圧倒的だ。少しでもイヴォールトの勝率を上げるため、僕は反論を試みる。
「自分の息子ながら本気で恐ろしいよ。なんで魔法なしの13歳が俺と引き分けれるんだ。これで魔法を授かった日には…色々と期待してしまうね」
父は半分呆れるように呟いた。フォードが魔法を授からなかったことが不安要素だが、僕も自分の魔法には期待しているところだ。
「だからこそいきなさい。フォードがイヴォールトをよこしたんだろ?じゃあお前の強さが必要な場面はもうここじゃないってことだ」
「……」
父さんの言葉にイヴォールトも無言で深く頷く。言っていることは確かに正しい。それがフォードの判断なら、イヴが任せろと言うならここは信じて託そう。
「……分かったよ。じゃあ行ってくるけど、父さん僕を止めたかったんじゃないの?」
「いや? 村の意向と俺個人の意向が同じとは限らないさ」
村の意向。100歳を超える村長を中心にした定例会で大人たちが話し合っているあの退屈な会議のことだろうか。
脱走者が出たら親が責任を持ってボコボコにするなんて、どんな悪趣味な意向だ。
「ふーん。まあ、行けば何かが分かるか。頼んだよ、イヴ!」
イヴォールトが親指を立てるのを確認し、僕は再び南へと走り出した。考えても答えの出ないことは今は考えないのが一番だ。
イヴが戦線に来たということは15歳組は分からないがテーレは動いているはず。ムツキもセレナも何とかなるだろう。テーレにはそこにいるだけで全てを解決してくれそうな不思議な母性があるし。
「あーくそ、あちこち痛いな……」
身体に残る打撲の痛みに毒づきながら、僕はやけに静まり返った森の奥へひたすら疾走した。
*
辿り着いた――。
そこをゴールと確信できたのは、鬱蒼とした密林の中に突如として不自然なほどぽっかりと開けた円形の広場が現れたからだ。
そして、その中心には、見慣れたフォードの背中があった。
「フォード! ここが何……って、じいちゃん!?」
そこに佇んでいたのは村長だった。 年齢は100歳を超える、通称じいちゃん。けれどその老人がこんな魔物蔓延る村の外に立っているのはあまりにも強烈な違和感があった。
歳の割に腰も曲がっておらず、受け答えもしっかりした老人だが、所詮は老体。村で肉体労働をしている姿なんて一度も見たことがない。ましてやこんな場所にいるなんて、姥捨て以外にあり得ないだろう。
「え、まさかフォード、じいちゃんを人質に取ったの?」
「ワシが人質か?相変わらず突飛な発想をするのうシオン。ワシはお主らを止めに来たんじゃ」
「いやいや、それこそ突飛でしょじいちゃん。こんなところで説得?じいちゃん一人で?そもそもどうやってここに来たのさ」
子供も大人も、全員が村長のことは尊敬すべき年長者だと思っている。けれどこの村における村長の発言権って、そこまで強いのだろうか。
失礼を承知で言えば、100歳を超える老人の意見なんて古臭くて凝り固まった、ただの扱いづらいものになりがちだ。
「ちょっとフォード。黙ってないでそろそろ説明してよ」
「はっ!言葉じゃねえってことだろ。ここが村が許す最終ラインだ。だからこそ、村の最強を配置したんだなじいさん」
珍しく、心底楽しそうに笑みを浮かべるフォードがついに腰の直剣を抜いた。
「その通りじゃ。貴様らは、確かに強くなった。それゆえに、手加減など期待するな。それでもここを通り抜けるというのなら、その命、ここに散らす覚悟を決めなさい」
冗談や誇張の類ではない。じいちゃんのその目を見た瞬間、僕の背筋に冷たい戦慄が走った。村長が上衣を乱暴に脱ぎ捨てる。露わになったその上半身を見て、息を呑む。
老人のものとは到底思えない極厚の筋肉。そして、過酷な歴史そのものを物語る無数の傷痕が全身に刻まれていた。フォードの傷なんて生温く見えるほどの修羅の肉体。
「おいぼれジジイが!晩年の大はしゃぎってやつを見せてみろぉお!!」
フォードが咆哮し、大地を蹴って走り出そうとしたその瞬間――僕たちは異様な音に囲まれた。
パキパキ……パキパキパキ……
「なにこれ……森が、枯れていく?」
広場を中心に周囲の木々が一瞬にして鮮やかな緑を失い、灰色に変色していく。葉を散らし、内部から腐り落ちるように巨木たちが次々と自重で倒壊していった。動物は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、魔物すらも本能的な恐怖で近づかない。
死の領域とでも呼ぶべき絶望的なナニカが僕たちを中心に猛烈な勢いで侵食していく。
「ワシの魔法は他者の命を殺し、己の糧として生かす最も醜い魔法。木々の命の力を、その身で噛み締めよ」
この時のシオンは知る由もないが、村長の周囲に集まり始めた無数の不気味なほど白い光の粒。それはテーレの治癒の魔法と酷くよく似た輝きを放っていた。
「突っ込めシオン!!!」
走り出す。周囲の異常事態には激しい戸惑いがあるし、じいちゃんの周りに渦巻くあの膨大な魔力の光は一度距離を取って様子を見るべきだと僕の理性が叫んでいる。
けれどフォードが行けと言うなら行こう。信じるんだ。この破天荒な僕たちの長男を。
「『明滅』」
村長が低く呟いた瞬間、周囲に漂っていた白い光が爆発的な輝きを放った。まるで夜天の星空が地上に降りてきたかのように視界が真っ白に染まる。
同時に、光は点ではなく無数の線となって、豪雨のように僕へ降り注いだ。
「あっっ…!」
「自分の周りに浮かべてるってことは、そりゃあ自己強化か、指向性の攻撃だよなぁ!!」
その光の豪雨に強引に割り込んだフォードが瞬きすら許されぬ速度で直剣を閃かせ、余すことなく光の線を次々と叩き落としていく。
まるでどこに魔法が放たれるか全て知っているかのような正確さは、未来予知にも近いフォードの圧倒的頭脳による"計算"だ。
魔法を持たないフォードがそれでも子供たちのリーダーであり続ける理由の1つ。それは類稀なる頭脳と努力への献身だ。
フォードは2日以内の天気予測を外したことがない。
本人曰く、"森の外の情報があれば1週間は余裕だがそうじゃなきゃ2日が限界"らしい。フォードは蝶の羽ばたきからハリケーンを予測しきる人外の頭脳。この男にとって完全に感知・理解の外からの横槍がなければ30秒後に起こる事象は決定付けられた運命だ。
そしてその未来予測に己の身体がついていけるよう、彼は血の滲むような鍛錬を惜しまなかった。
今や剣才においてフォードの右に出る者はおらず、使い込まれた肉体と心肺は無尽蔵の体力を獲得した。
フォードの神速の剣は美しい軌道を描き、光の弾丸をまとめて切り裂く。しかし切り裂かれた命の光は膨大なエネルギーの行き先を失い、周囲で次々と大爆発を起こした。
「ごめんフォード!」
僕はフォードの背中を盾に、猛烈な爆風をやり過ごす。激しい煙が立ち込め視界不良になるが、そうなれば指向性の遠距離攻撃を行う村長側にとって圧倒的に不利な状況だ。
今ここで、一気に距離を詰め切る!
フォードの横をすり抜け、爆煙を突き破って村長の懐へ飛び込もうとした――その瞬間、目の前に拳が迫っていた。
「がっ……!」
くっそ!そういえば位置はバレてるって父さんとの戦いで自分で推理したばっかだった!
父さんのそれよりも遥かに重い一撃。僕の身体はゴムボールのように容易く宙を舞い、吹き飛ばされた。
――けれど、それはフォードの想定内だ。
ノータイム。僕が吹っ飛ばされた刹那の隙を突き、村長を前にしてフォードがその圧倒的な剣才を爆発させる。
村長は避けるのに手一杯で防戦一方に追い詰められるがそれと同時に周囲の森の死が加速した。
吸い上げられた命の光が今度はフォードの至近距離で激しく明滅し、大爆発を連発する。
「がぁあああ!!!!」
全身の皮膚が焼け爛れ、口から大量の鮮血を吐き出しながらもフォードは獣のように吠え続けた。
得られた情報から未来を予測するフォードにとって、物理法則を無視する魔法は圧倒的に相性が悪いんだ。
初見の魔法で無理解を押し付ける村長に対しそれでもフォードは喰らいつく。
僕はもう一度、奥歯を噛んで立ち上がる。一発殴られたくらいで呆けている暇なんてない。死ぬ気でやらなきゃ、死ねない!
「じおん!投げろォオオ!!!」
僕は手にした刀を父さんの時と同じように村長目掛けて全力で投げつけた。 なおも爆ぜ続ける白い光の中を、一直線に刀が鋭く切り裂いていく。
その光の中で爆炎に焼かれながら叫ぶフォードは、遂に剣戟を受け切れなくなった村長を一呼吸で何度も斬った。
浅い!?いや、硬すぎる!
じいちゃんのあの魔法、吸い上げた命の力で肉体を強化するバフ効果もあるんだ。僕が投げた刀もこのままじゃ虚しく弾かれるだけだ。
シオンの投げた刀が村長の胸に弾かれる、その寸前。フォードは超人的な反応速度で、自分の真横を通り過ぎるその刀の柄を左手で掴み取る。
直剣と刀の二刀流。
「細切れになれやぁああああいあ!!!!」
狂気的な斬撃の嵐が村長へと降り注ぐ。今や周囲の瞬く光のすべてが2人の元へと集束していた。あの光が途切れた瞬間がじいちゃんの魔力が尽きる終わりの時だ。
でもきっとあの化け物じみた老人がこのまま大人しく終わるはずはなく、その上でフォードがそれを想定してないはずもない。
「あぁぁあああああああ!!!!」
だからこそ、僕はその隙に突っ込んだ。ダメ押しだ。これで全てを終わりにする!二人のどちらかが、本当に死んでしまう前に……!
激しい金属音と火花が散る二人を
通り過ぎて南へ――。
持って生まれた肉体をフルに使い全速力で森を駆け抜けて数十秒後、僕の視界が突如として広がった。
そこには、見たことのない森の終わりがあった。 狩りに出ることすら許されなかった僕にとって、森の外に出ること自体が初めて。それが今日一日だけで、数え切れないほどの初めてを経験した。
そして最後にこの村の子供たちの誰も見たことのない景色を今、僕がこの目に焼き付けている。
その先に広がっていたのは、ただの果てしない平原だった。 けれど、それこそを僕は求めていたのだ。
遮るもののない景色。この狭い森と村以外の、広大なこの星の姿を。
「全く。子供達全員を巻き込んでおったのはタチの悪い」
「じいちゃん」
しばらく眺めていただろうか。森を出て、平原を歩くでもなくただその景色を眺めていると背中に声がかかった。
「お主らを黙らせて済む問題でもなくなった。説明するほかあるまいなぁ」
「さっさと、話せば良かったんだよ…。ハァ…ハァ…。そしたら俺は、こんな目にあってねえ…」
血と火傷で凄いことになってるフォードに目を剥くが「魔法で治るから気にすんな」と言って手を振り気にしないよう納められ、僕は一度腰を下ろした。
「村を守るためじゃ。この世界は、わしら人類に厳しくできすぎている」
「くだらねえ。このままじゃ村は縮小化して消えるだけだ。俺が、村のみんなの居場所を探しに出る」
僕の後ろに立つ、100を超えた老人と16歳の少年は、全く逆の意見を口にしながら同じ目をして平原を眺めていた。
守る覚悟をしている目を。




