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5話 結集

 魔法でできた全身鎧の攻略。


 単純に考えれば突破口がない。力であの魔法を破れないことは実証済みだ。

  剣の技量だけで言えば父さんと僕にそこまでの差はない。父さんが命を懸けて本気で戦っていればさっきの勝負だってどうなっていたか分からないのだ。

 先の居合は、二度は使えない小手先の奇襲でようやく届くかどうかだった。真正面から挑むのは愚策。だが、


「しゃらくさいな……。父さん、僕の全霊を投じるよ」


 その上で、父の胸を借りよう。


  前世の過酷な環境から学んだことは多い。けれど僕の骨の髄まで染み込んでいる一番の教訓は、死ぬほど頑張らなかったことへの後悔だ。

 死んでしまう前に、死ぬほど足掻くべきだったのだ。その後悔を、今世の僕は二度と繰り返さない。


「超えるよ、父さん」


「息子の挑戦を断る父親などこの世にいないさ」



カァァアアン――!


 金属音が響く。突如として放たれた刀の投擲。凄まじい速度でシオンの手から放たれた刃は、しかし父さんの顔面を覆う魔法の兜に虚しく弾かれ放物線を描いて森の奥へと消えていった。


 その瞬間、僕はすでに懐へと踏み込んでいた。全体重を乗せた拳をその顔面へと叩き込む。


「鎧として着ている以上、衝撃そのものは中に通るんじゃない!?」


「御名答」


 完璧な見切り。父さんは首を僅かに傾ける最小限の動作だけで僕の拳を空に泳がせる。 即座にバックステップで距離を取ろうとするが、間合いを瞬時に潰した父さんから流れるような容赦のない剣筋が繰り出される。


「うっ! はっ! らぁぁあ!」


 避ける避ける避ける。そして――あえて前へ踏み込む!

  僕の居合すら防いだ以上、あの魔法の鎧の強度は尋常じゃない。破壊は非現実的だ。

 刀を持つ父さんの右腕を掴み取り、密着して腰を沈める。 前世の記憶にある技の1つ、一本背負い。凄まじい質量が宙を舞い、父さんの身体が背中から地面へと叩きつけられた。


「見覚えのない技だな」


 地面に倒れ伏しながらも父さんは不敵にニヤリと笑って僕を見上げていた。なんで初見の投げ技で受身を取れるんだよ……!


 僕はすぐさま倒れた顔面への容赦のない踏みつけを狙う。しかしその瞬間、僕の視界は上下に回転した。


 まっずい、起き上がりざまに軸足を刈られた!


 足払いをかけると同時に化け物じみた反射速度で立ち上がった父さんの直剣が振り上げられる。僕は空中で強引に身体を捻り、肉体のバネを限界まで引き絞った。


「回れええええ!!!!」


 超高速の空中スピン。独楽のように回転した遠心力と全質量を乗せ、父さんの頭蓋を叩き割らんと全力の足刀を振り下ろす。


「…っっプロテクト!!!」


 また、届かなかった。僕の蹴りは父を沈めることあたわずその直前でまたも静止していた。 

 しかし衝撃を受けきれないと判断した父は鎧を消して大盾へと魔力を変換していた。盾をも貫く衝撃に父は体勢を崩しながら、それでも剣を再度振り抜く。


 避けるべきか。だがチャンスは鎧を消した今しかない。差し違えてもここで決める!!!


 腕の一本くらいですんでくれ。そう願いながら固めた拳を父の顎に向けたその瞬間。


ドォオオオオン!!!


 突如として、父さんの頭上から鉄の塊が降ってきた。 長さ3メートルを超える、もはや剣というよりは巨大な鉄板のような大剣が僕と父さんの間に深々と突き刺さり地面を爆裂させたのだ。

 その衝撃波で空中にいた僕は無様に吹き飛ばされ土にまみれて転がった。


「なんだ……?」


 父の魔法に弾かれて地面に突き刺さっていた刀のすぐ傍まで飛ばされ、急いでそれを引き抜いて立ち上がる。


「追いついた……ぞ」


 地面を砕く爆音を鳴らした張本人とは思えないほど静かで、地を這うような低い声。 身の丈2メートルを超える圧倒的な巨躯。岩石のような分厚い胸板に、トレードマークのオールバック。

 最年長16歳組の魔法持ち――。


「イヴォールトぉ!!」


「遅くなったな、シオン。……ここは俺が引き受ける」





一方その頃、森の別の一角では。



「立ってください、ムツキ」


「う、あ……。何が、起きたんだ……」


 親父は最初から魔法を全開にして襲いかかってきた。スピードこそ常人と変わらないが、その剛力は化け物だ。おまけに皮膚が岩のように硬質化しておりこちらの斬撃が一切通らない。

 つい先ほども大剣の腹でガードした上から規格外の拳で殴り飛ばされ、大剣ごと頭をかち割られたところだった。


 瓦礫と化した倒木の上で朦朧とする意識の中、己の血で地面を濡らしていたムツキの耳に凛とした鈴の鳴るような声が届く。


「いつも言っているじゃないですか。怪我はしないでって。お姉ちゃん、胸が苦しいです」


 湯気のようにムツキの身体から立ち上る、無数の光の粒。それが弾けて消えるたび、裂傷が、内出血が、骨のヒビが急速に塞がっていく。

 眩い光の向こう側。両手を胸の前で組み、祈るように治癒の魔法という奇跡を紡ぐ少女。


「テーレ……。やはりお前はガキどもの側に立つか。フォードじゃあるまいし、そんなに外に出たかったとは初耳だぞ」


「ええおじさま。戦いたいわけではないけれど、私の立ち位置はいつだって可愛い弟たちの側ですよ」


 村の最年長のひとり。子供たちに長女のように慕われる16歳のテーレ。彼女はいつも通りの柔らかな微笑みを浮かべながらもその瞳には絶対に譲らないという苛烈な覚悟を宿していた。


「ガッハッハ!ワシらもお前たちの未来を思ってのことなんだがなぁ!」


「分かっていますよ。感謝もしています。でもそのやり方が正しいとも、思っていないんです」


 その確固たる信念に気圧される。いつからだったんだろうか。清純で麗らかで真面目で、大人しかったこの少女の目にこんな炎が灯っていたのは。

 これはまるでフォードの馬鹿の熱が移ったような。


「ハッハッハ!!何がなんだか分からんが!不思議と力が湧いてキタァ!!!」


 話を遮り、弾かれたように跳ね起きたムツキは血まみれの顔を腕で雑に拭って快活な笑みをテーレに向けた。


「難しい話は分からんし!説明されてもきっと理解できん!だがテーレの魔法がコレで良かった!俺はバカで複雑な連携も戦術もできない!だから!」


 ムツキは陸上競技のスプリンターのような低いクラウチングスタートの姿勢を構えた。誰に教わったわけでもない。これが一番速く、強く突っ込めるという野生の直感。

 大剣を弾き飛ばされた今、五体すべてが己の武器だ。


「テーレ!ひたすらに俺を立ち上がらせ続けてくれ!そうすればっ!全員倒れるまで、俺は何度でも挑み続けられる!」


 治癒魔法で肉体は治せても、痛みによる精神の摩耗までは消せない。だがムツキなら。ただ前だけを向き、苦痛すら笑い飛ばして突き進めるムツキだからこそ成立する戦術。


 猛然と走り出し一切の防御をかなぐり捨てて、硬質化した父親の顔面に拳を叩き込む。殴り、蹴り、頭突きをかます。肉体が壊れるそばから毎秒単位で完治していく。

 神の奇跡そのもののような光景の中、テーレは小さく呟いた。


「任せてください、ムツキ。でもね、他のみんなも来てくれているから安心しておじさまに集中していいですよ」





「ったく、ほんまにやるんかいな。あいつほんまイカれとんでキョースケ」


「フォードは頭が飛んでるっすからね。そろそろこっちにも大人たちのお仕置きが飛んできそうじゃないすかエン?」


 緊迫した森の空気を壊すような軽薄な男の声が二つ響いた。いつもなら注意するところだけれど、今ばかりは傷だらけのセレナの胸に確かな安堵が広がっていく。


 切り倒された巨木、爆発で抉れた地面。荒れた戦場の中に現れたのは加勢に駆けつけた4人の子供たちだった。


「いいじゃないか。みんなでお揃いの傷でもつけてもらおうか」


「僕は嫌だよ、姉ちゃん〜!っていうか、向こうでムツキが血だらけで笑いながら戦っててめちゃくちゃ怖いんだけど!?」


 続いたのは15歳の双子の姉弟。情けない声を上げる弟のレントの言葉はともかく、姉のアリシアの力強い言葉にセレナの視界がじわりと熱くなる。


「みんな……!」


「なんすかセレナ、そんな涙目になって。僕らが来ないと寂しかったっすか?」


「違うやろキョースケ。パパとママに、たっぷり可愛がってもらったから嬉し泣きやんな?」


 膝をつくセレナの顔をニヤニヤと覗き込んでくる無神経なキョースケとエン。二人はセレナの視界を遮るようにその前に立ち、セレナの両親に向かってそれぞれの獲物を構えた。


「苛立ちと安心が、6対4……!」


 悔しそうな、けれど嬉しそうななんとも言えない表情を浮かべながら、セレナはもう一度その細い足でしっかりと立ち上がる。


「あら。思ったより安心の割合大きいのねセレナ」


「なんだかんだ言いながらセレナはみんなのことが大好きだからな」


 我が子の成長を眩しそうに見つめ、温かい親の目を浮かべる両親にセレナは抗議だけはしなければと子供のように地駄を踏んだ。


「やめてよ、パパ! ママ!」


その場にいる全員の目がいっそう温かいものに変わったことがセレナには不満だった。

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