3話 狩猟組
獣と魔物を分けるのは体内に「魔石」があるかどうかだ。
魔石を宿した生物は単純に強い。牙は岩を砕くほど硬くなり、爪は鉄を切り裂くほど鋭くなり、底なしの体力を得る。
そんな魔物を、鬱蒼とした森を駆け抜けながらムツキが身の丈ほどもある大剣を一閃し、容易く切り裂いた。
熊のような毛むくじゃらの巨体がどさりと地響きを立てて倒れ、首が地面を転がる。
「ハッハッハ!魔物が危険って話はなんだったんだ!」
脱走は拍子抜けするほど順調だった。
さっき奇襲してきた、人間の頭ほどもある蜂の魔物もセレナが目にも留まらぬナイフ捌きで一瞬にして叩き落としている。
これは僕たちが強いというよりは
「過剰に怖がらせて外に出ないようにしてたんでしょうね。それよりムツキ、声を抑えなさい。大人に気付かれないようにしないと」
前世と比べれば僕たちの身体能力や肉体強度は異常なほど高い。この程度なら狩りもできるだろう。それなのに外に出るのが禁止されているのはなんでなんだろうか。
セレナの言葉に僕がまた思考の沼に沈みそうになったその時、先頭を走るフォードが鋭く振り返った。
「いや、無駄だ!そろそろバレるぞ!」
「「「え?」」」
――パァアアアアアアン!!
「これは、母さんの炎弾……!?」
遥か後方。村の方角から、昼の空を割って鮮烈な赤光が弾けた。 炎の魔法を使う母さんからは常々
『何かあったら魔法で合図するから』
と言い聞かされてきた。初めて見るが、あの熱量を孕んだ赤い光は間違いなく母さんのものだ。
急ブレーキをかけ、僕は村の方へ反転しようとする。が、
「止まるな!あれは俺たちの脱走を狩り組に知らせる合図だ!大人が総出で来るぞ!」
「は!? どういうことよフォード!」
「いいから走れ!距離か、あるいは監視の目になる何かが置いてあるのか……ある程度俺たちが村から離れると自動で発動する探知魔法を、誰かが持ってる!」
再び反転。僕たちはもう一度、今度は本気のダッシュで土を跳ね上げる。
「おい、話が違うぞフォード!逃げ切れるんじゃなかったのかよ!」
「シオン、俺がいつそんなことを言った?俺は『逃げ切れないと思うのか』確認しただけだ」
この野郎確信犯か! 一体何が目的なんだ!
「相手は本気だ。容赦なく魔法を使ってくるぞ! 各自、捕まらないように南下しろ――散開!」
言うが早いか、フォードの姿が目の前から消えた。目にも留まらぬ速さで密林の奥へと駆け抜けていく。
「「あのバカ、どういうつもりだ!!!」」
「ハッハッハッ!」
ムツキの豪快な笑い声が響く森の奥から、今度は大型の猪が突進してくるような凄まじい地鳴りと木々の折れる音が迫ってきた。
バキバキバキッッ!!!
「余裕だな、ムツキぃ!この俺を超えていける自信があるかぁ!!!」
目の前の大木をへし折りながら現れたのは筋骨隆々の巨体に熊のような髭を蓄えた大男。ムツキの父親だ。
身の丈を超える無骨な大剣を構え、凶悪な笑顔を浮かべている。
「親父ぃ!フォードは相変わらず何を考えてるか分からなくて面白いな!」
ムツキが嬉々として一人飛び出す。実の親に向かって魔物の時と同じように躊躇いもなく大剣を振った。
「手を焼くよ!フォードと、お前にはな!」
ガァアアァァン!!!
激しい金属音が炸裂する。
僕たちは驚愕した。ムツキの渾身の一撃を、おっさんは大剣ではなく、魔力で淡く光る剥き出しの左手で完璧に受け止めていたのだ。
「魔法か!」
僕の驚愕を置き去りに、空いた右手で烈風を伴う突っ張りがムツキの胸に叩き込まれる。
「ガハッッ……!」
肺の空気を強制的に吐き出させられたムツキの身体が木の葉のように宙を舞う。
おっさんは獰猛な笑みを崩さぬまま、弾き飛ばされた息子を追ってさらに踏み込んだ。
「ムツキ!」
駆け寄ろうとした僕たちの前に、遮るように二つの影が立ちはだかる。
「セレナ、貴方も外に出たくなったのね。同年代の子が多いのもやんちゃになってしまって考えものね」
「ここまで好奇心旺盛な世代も稀だがね」
木漏れ日の中に現れたのは弓と剣を持った長身の男女。二人ともセレナと同じ、神秘的な印象を与える白髪の狩人だ。
「パパ、ママ……!!」
足を止めたセレナが心底嫌そうに顔を歪める。
大人は僕たちの能力や性格を知り尽くした最悪の身内をピンポイントで当ててきているんだ。ということはきっと"来る"。
「止まるなセレナ!」
僕は立ち止まるセレナを抜き去り突貫する。
ムツキの方にも助けに行きたいがセレナを2対1にするわけにもいかない。なら最低でも1人最速で無力化する!
すかさずセレナママが弓矢を連続で速射した。
「うそ、本当に…それが素の身体能力なの!?」
地面を拳で叩き割る。1本も外れることなく正確に僕の身体を狙う矢を、捲れ上がった岩盤で遮った。
セレナママの驚愕の声を置き去りにして踏み込み鯉口を切るが、間合いを詰めたセレナパパの片手盾で初動を抑えられる。
「俺の魔法は近接戦闘における身体強化だ。単純な力比べじゃ俺には勝てないぞ」
強化された全アジリティを使用し盾で押し込んで来るのに対して、僕も肩を押し当て押し返すことで拮抗を強制し片手剣を振り上げさせない。しかし、
「シオン!ママが!」
セレナの声が聞こえる。近接で戦っていれば弓矢は撃てないものかと思っていたが撃ってくるのは自信か、いや魔法か?
盾を挟んだセレナパパの奥から矢が飛んでくるのが見えた。
「おい、シオンお前…魔法なしでなぜ魔法で強化した俺と押し合えるんだ!!」
「魔法が身体強化で良かったよ。"単純な力比べじゃ僕には勝てないよ"」
拮抗させていたのはセレナの復帰を待つためだ。
本気を出せば、僕は力比べじゃ負けない。
「…ッッッ!」
全力で踏み込み押し返した瞬間、納刀したまま鞘を腰から外す。
そして、まるでバットを振るかのようなホームラン級のスイングは飛んできた弓を、盾どころかセレナパパごと一掃した。
唯一与えられたチート、とでもいうのか。僕には天性の身体能力と人間離れした怪力がある。
もちろん前世でもそこまで運動神経が飛び抜けていたということはない。しかし転生チートか、はたまた魔力というものが作用しているのか今世の僕の身体は面白いように頑丈で良く動く。
「私がママを抑えるからシオンはムツキのとこに行って!」
「いや!腕くらいは折ったはずだけど倒しきれてないよセレナ!」
「いいから!!」
聞き慣れた怒声が少し、湿っていた。
そしてその怒りの矛先が両親でも、ましてや僕でもないことは13年共に生きてきた幼馴染として悩む必要もなかった。
「親に本気で挑むのに!強いアンタの背中に隠れて突っ立ってるわけにいかないのよ!!!」
思わず顔を向けると、やはり涙が溢れていた。昔からそうだ。真面目で負けず嫌いなセレナはオセロ1つとっても泣くほど悔しがって何度も再戦を挑んだものだ。
僕の後ろで動けない自分を許せるほど、彼女は自分に甘くない。
「いってってば!!!!」
「あ、あぁ…!っ負けんなよ!!」
後ろ髪引かれる思いも、かけたい心配の声もきっとセレナが今欲しいものじゃない。
泣き顔も見なかったことにして僕はムツキの飛ばされた方向を目指す。
「あなた!大丈夫!?」
「クッ!…フォードも外れ値だが、シオンのあれはなんだっ!魔法もなくあんな力、単純にあり得ないぞ…!」
「それだけじゃないわ…。みんな強い意志と情動がある。本当に、特異な世代よ。もう抑えておけるものでもないかもしれないわね」
盾ごと折られた右腕を押さえるセレナパパに手を貸して共に寄り添い立ちながら、セレナママは俯く。
「そうかもな。だとしても、いや、だからこそ。超えるための壁であるべきだ!来い、セレナ!」
すでに遥か後方にある親子3人のぶつかりあいを振り返らず僕は森の中をかけた。そして、
"来た"。
当然と言えば当然。なぜならその人は現在狩猟班のリーダーを務めており全員の安全の責任を担う、今まで現れなかったことが不自然な人だから。
それが分かっていても目の前の藪を切り裂いて現れた男を見て僕は思わず息を呑んだ。
母さんの柔らかなブロンドとは対照的な熟したワインのように深く赤い髪。けれど、瞳の奥には母と同じ温かさがある。
手にした直剣を低く構えるその男は、僕の今世の父親――村でも屈指の戦士だ。
「身体は温まったようだね。心の熱は十分かい?」
「大火傷させてあげるよッッ父さん!」




