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2話 フォードという男

「そのジレンマ、俺が解消してやろう」


 まるで楽しむかのような低い声。しかし、己にできることを完全に確信している声だった。


「フォード。今日の狩りは長いって聞いたけど?」


 嫌な予感がして僕は先にそう聞いた。

 こういう時にこの男、フォードが言うことが常識の枠に収まっていたことはない。


 フォードは16歳。この村の子供たちの中では最年長のひとりだ。子供達にとっては長男のような存在であり、大人からも一目置かれている。


 長身で細身に見えるが無駄のない引き締まった肉体には、そこかしこに傷痕が刻まれていた。

 ムツキとは逆に無駄な覇気を感じさせない端正な顔立ち。だが目にかかるほどの黒髪の隙間から、強い感情の伺える黒い瞳がこちらを見つめていた。


「今日の狩りが長いのは獲物が最近豊富なのと、16歳組の魔法の試し撃ちがあるからだ。魔法の発現しなかった俺には関係ない」


 そうだ。3人いる16歳組は先日全員が魔法の発現の儀を施されたのだが、なぜかフォードだけには発現しなかった。

  それでも誰もがフォードこそが子供たちのリーダーだと疑わない。それは単に年齢だけが理由ではなかった。


「ジレンマを解消するって……村の外に連れ出してくてるってこと?」


 セレナの問いにフォードは不敵に口元を歪める。


「違うな。森の外に連れ出す、と言っているんだ」


「「「はぁ!?」」」


 くっそ、やっぱりだ。

 フォードが変なことを言い出すときは大体こちらの想定のさらに斜め上を行く。


「大人たちに連れ戻されるわよ!?」


「逃げきれないとでも?」


 自信、というのとは少し違う。それは客観的視点からの言葉だった。


 フォードは魔法を持たない身でありながらその異様な頭脳と肉体だけで狩りをこなし、大人たちを出し抜き続ける生粋の問題児だ。

 簡潔に言って精神年齢20歳(推定)の僕よりよっぽど頭が良い。


 その彼が僕たちの戦力を分析し、森の地形を完全に頭に叩き込み、大人たちの狩りの動向を知った上でできると言うなら


 余程の想定外がない限り本当にやってのけるのかもしれない。


「行き先は?フォードも言ってただろ、大人たちがあまりにも僕たちに外の情報を渡さないって」


「そうだよフォード。テーレやイヴォールトだって他の村や町の場所なんて知らないでしょ?」


 作戦の概要を聞く僕にセレナも素直な質問をぶつける。それに対してフォードは淡々と答えた。


「東だな。狩り場は南が基本だが、東にもちょくちょく行く。北と西は狩りでも立ち入らないから情報が少なすぎてパスだ。そんで、東門の見張りのブギーは目はいいが腕っぷしが弱い。張り倒していける」


 ずいぶんとおざなりな作戦に聞こえるが、正直、大人から与えられている情報が少なすぎる以上フォードの見立てを頼るしかなかった。


「あとは何かが見つかるまで東へ直進か! ハッハッハ! 単純で俺はいいと思うぞ!」


「そうだムツキ。捕まったとしても何度でもやり直せばいいだけだからな。悪いが緻密な作戦なんて立ててない」


「ちょっと、フォード。そんな何度も怒られるの私は嫌よ。ムツキのバカと一緒にしないで」


 ……たぶんこれは何か裏がある。 


 フォードは面倒見がよくて仲間思いだが、なんというか、決して優しくはない。同じ16歳のイヴォールトが訓練でフォードにボコボコにされているところなんてそれこそ何度も見てきた。

 自分が必要だと判断すれば身内相手でも一切の容赦がない男なのだ。


  そのフォードが下手をすれば僕らを親たちと対立させてまで外に出ることが必要だと判断した。ということは外に出るために、僕たちの力が必要なのか?もしくは僕らが外に出ることが必要なのか


「いいよ。明日にでも動こう」


 僕の返答にセレナとムツキは少し驚いたようだったが、すぐに小さく頷いた。


「明日?……うーん、まぁ、いいわ。フォードとシオンは昔からやけに外に出たがってたもんね。あー怒られるだろうなぁ」


「ハッハッハ! もちろん、俺だって興味津々だ!」


 この村の子供は全部で10人。 16歳が3人、15歳が4人、そして僕ら13歳が3人だ。

 ちなみに、ご近所のテレサさんのお腹にもうすぐ赤ん坊が産まれるので近々11人になる。


 今日はフォードを除いた15歳以上の全員が遅くまで狩りに出ているので、みんなで動くなら明日以降になるだろう。なら最速で動くべきだ。


 そう思考を巡らせた僕の返答の、さらに斜め上を彼は行く。


「いや、今からだ」


「「「は!?」」」


「いやいやフォード、他のみんなを置いていく気?食料とかの用意だって……」


「水源の位置や木の実の場所は頭に入っている。そもそも行けるところまで行って帰ってくるだけだ、問題ない。お前らに、ちょっと外を見せてやるだけだからな」


 セレナの言葉を遮りフォードが告げる。 行けるところ?日帰りで、という意味か?


 それとも、そのまま南下すれば街道や別の村に辿り着くことをフォードはすでに知っているのか?


「フォード、それって……」


「ハッハッハ! いいんじゃないか! どうせ狩りにも行かせてもらえない俺たちに、何かを判断できる材料なんてないんだ。やるか、やらないかだろ!」


 ムツキはバカだがこの指摘は間違っていない。

 大人たちは不自然なほど、僕たちに外の情報を渡さない。


 僕は前世の知識があるからこそ森の外に街や文明があると確信しているが、他の子供たち、下手をすれば大人たちの一部だって外に何があるのかを本当は知らないのかもしれない。


「よし、今日で決まりだな。ムツキが行くなら、シオンとセレナも行くだろ?」


「……仕方ないわね」


「なんだか、またフォードの口車に乗せられてる感じがするけどね」


 もっと問い詰めたい話はあった。だがおそらく今日を選んだのも大人の狩りが長引いて追手に見つかりにくいからだ。動くなら早い方がいい。


 僕とセレナは、渋々ながらも納得することにした。


「よし。そうと決まればお前ら、武器だけ持ってこい」





「ブギーのおっさーん!! なんで今日って狩りが長いのか聞いてるー!?」


「あー? なんだムツキ! 暇なのか!」


 東門。見張り台の上に立つはずのブギーのおっさんにムツキが話しかけると、姿は見えないまま上から野太い声だけが返ってきた。


「大体いっつも僕らは暇だよー!」


「なんでなんですかー?」


「なんだ、留守番勢が揃い踏みかぁ!」


 続く僕らの声にブギーのおっさんが見張り台からひょっこりと顔を出し、身を少し乗り出すようにして答えてくれる。


「なんか、獲物がここ最近多いら……うぉぉお!?」


 次の瞬間、見張り台の梯子の裏に潜んでいたフォードが逆上がりの要領で体を跳ね上げた。


 顔を出したブギーの首を掴み両足で挟みそのまま容赦なく引きずり下ろす。


「フォードてめぇ! また……かよ……」


 今、またかよって言った?


  明らかに慣れた手つきで首を絞め落とされたブギーのおっさんを見張り台に上げ静かに寝かせる。


 ――そして僕たちは、ついに門の外へと足を踏み出した。


「アッハッハ! 緊張するな!」


「嘘つかないでよムツキ。あなたが緊張してるところなんて見たことないわ」


「っていうか、ブギーさんまたかって言ってたよね。ねえ、フォード?」


「黙って行くぞ。ここからは、狩りをしてる奴らにバレないように駆け抜けなきゃならない」


 こいつ隠し事が多すぎるだろ。

 こういう時のフォードは絶対に口を割らないから、これ以上は聞くだけ無駄だ。


 今回の具体的な目的を隠している理由は……きっと、自分の目で確かめなきゃいけない何かが、この先にあるからだろう。


 小さくため息を漏らしながら、狩りが行われているはずの西側に意識を尖らせる。


 僕たちはフォードを先頭に、未知なる森の中へと力強く走り出した。

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