#7 ふたりの兄
玄関を出ると、神大寺家の重厚な黒塗りのセダンが待機していた。
運転手が頭を下げドアを開けた。
「……電車で行く」
車を通り過ぎようとすると、軽やかな鍵の音が響いた。
「零くん、学校まで送ってあげるよ」
「律さん」
律がポケットからスマートキーを取り出し、ガレージに鎮座する赤いスポーツカーを指差した。
「いや、でも」
「新しい車の運転に、付き合ってくれると嬉しいな」
律が屈託のない笑みを浮かべ、零の肩に手を置いた。
「兄さん」
背後から低く、冷徹な声が響く。
いつの間にか背後に立っていた弦が、零の肩に乗った律の手を無造作に払った。
「新車を見せびらかしたいんですね」
「弦。どうした、そんな不機嫌な顔して」
「こんな派手な車、校門に横付けするのは、聖音高校の品位にふさわしくありませんよ」
「固いな、弦は。まったく、聖音にはユーモアが足りない。零くんもそう思わないか?」
律は面白そうに片眉を上げたが、弦の瞳は一切笑っていない。
「零は転入したばかりの問題児です。これ以上、目立つ行為は避けさせたい」
弦はそう告げると、零の腕を強引に引き寄せた。
「な、おい!」
「早く乗れ。遅刻だ」
半ば放り込まれるように、零はセダンの後部座席へと押し込まれた。
「律兄さん、お先に失礼します」
バンッ、と重厚なドアが力強く閉められる。
スモークの窓の外、律が優雅に手を振るのが見えた。
「……なんなんだよ、ったく。強引すぎんだろ」
車が走り出した瞬間、零は掴まれていた腕を振り払う。
弦は眼鏡を指先で押し上げ、窓の外を見つめたまま低く吐き捨てた。
「兄さんに近づくな」
「なんで?」
「……わからないのか」
「わかるかよ」
弦の横顔は、明らかに苛立っていた。
「零」
不意に、弦が零の方へ身体を寄せ、その長い指先が零のネクタイへと伸びる。
「なにすんだよ、せっかく結んだのに」
抵抗する間もなく、強引な手つきでネクタイが緩められ、第一ボタンが外された。
はだけたシャツの隙間、白く細い首筋に、刻まれた赤い痕が露わになった。
「っ…やめ……!」
弦は零の首筋に噛みついた。
赤い痕の上を、執拗に吸い続ける。
「ひっ……や…あ……」
抵抗する力も吸い取られるようだった。
「昨日のこと、もう忘れたのか」
弦の唇が、零の耳元に寄せられる。
吐息が耳をかすめ、甘く、けれど逃げ場のない毒のように脳を痺れさせた。
「放課後、生徒会室に来い。また上書きしてやるから」
冷たい命令。
車内の密閉された空間で、零は弦から発せられる圧倒的な圧迫感に、ただ黙って唾を呑み込むしかなかった。




