#4 泣き顔
「……は、離せよ」
零が手首を振り払おうとしても、弦の指はびくともしなかった。
厚いカーテンが閉ざされた室内には、夕暮れの光すら届かない。
静かすぎる空間の中、零は自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえる気がした。
「何回言えば分かるんだろうね、零」
低い声が耳に落ちる。
弦は零の手首を掴んだまま、もう片方の手で眼鏡を外した。
その仕草に、零の喉が無意識に鳴る。
――くそったれ。
零が睨むと、弦はわずかに笑った。
「僕が嫌い?」
「好きなわけあるか」
即答したのに、弦は機嫌を損ねるどころか楽しそうだった。
「ヘンタイ生徒会長」
「お兄さんに向かって、ひどい発言だな」
ソファに押し倒されて、背中に当たる冷たい革が、じわじわ熱を奪っていく。
「おまえの義弟なんかに、なるもんか」
「僕はそれでも構わない」
突然の言葉に、零は眉を寄せた。
「君のお母さんが困る姿、見たいってこと?」
「……っ!」
弦の声は穏やかだった。
脅しているようには聞こえない。
「やり方は、いくらでもある」
「た、例えば?」
「適当な噂話でも広めてみようかな」
弦の指先が、零の緩んだネクタイをスルリと奪った。
シャツのボタンが外され、ヒヤリとした手が滑り込んだ。
「ひっ……!」
「真実かどうかなんて、誰も気にしない」
「さ、最低だな……」
「そうか?」
弦の手はさらに下がっていく。
ベルトの金具の音が響いた。
「っは……や、め……」
「本当に嫌なら、もっと抗えよ」
図星だった。
零は唇をぎゅっと噛む。
放課後に呼び出されれば文句を言いながら来る。
何をされるか、わかっているのに――。
抵抗はする。
だけど、本気で振り払えない――。
自分でも、理由が分からなかった。
「……いやだ」
零が掠れた声で吐き捨てると、弦の目が細くなる。
長い指が、零の金髪へそっと触れた。
ポロリと涙が零れた。
何よりいやなのは、自分自身だった。
「零」
優しい手つき。
まるで壊れ物を扱うみたいに。
そのくせ、絶対に逃がさない力だけは感じる。
「泣き顔……、やっぱり可愛いな」
「――っ!」
耳まで熱くなる。
悔しいのに、身体が先に反応してしまう。
弦は笑うでもなく、静かに零を見つめた。
「もっと泣けよ」
零は弦から目を逸らせなかった。
あの日に見た横顔と同じ瞳。
弦の指先が、そっと零の頬を撫でる。
「零――」
生徒会室の静寂が、ゆっくりと零を絡め取っていった。




