#3 本当の顔は?
「4月に転入するまでに、その髪色は変えてくるように」
職員室で書類を渡すだけのはずが、運悪く生徒指導の教師に捕まってしまった。
「地毛なんで、これ」
しれっと答えた零に、教師は眉をしかめた。
「お義兄さんは優秀なのになぁ」
「生徒会長……ですよね」
「そうだ。金色の刺繍が施された制服を着ることのできる、唯一の生徒だからな」
金色の刺繍――?
「君も成績は良さそうだが……、素行不良で神大寺家に恥をかかせない方がいいぞ」
「あー、そっすね。じゃ、失礼しまーす」
零は短く返して、最後は逃げるように去った。
思ったより時間をとられた。
やけに広い校舎を再び彷徨い、ようやく一階の昇降口まで辿り着いた頃には、窓の外はすっかり黄昏色に染まっていた。
……誰かいる。
校舎の影、植え込みの奥。
どんよりと曇った空の下、そこだけが別の空間のように切り取られていた。
ひとりの男子生徒が、地面に身を屈めている。
――なんだよ。今度は誰かが隠れて煙草でも吸ってるとか?
零は息を潜め、そっと覗き込む。
「ひとりか、おまえも」
聞き惚れるほど、低く、柔らかな声だった。
「にゃお」
足元に寄り添う一匹の野良猫。
男は壊れ物を扱うように、優しく猫の頭をなぞっていた。
「悪いな、連れて帰れなくてさ」
独り言のように溢れた言葉。
零は、思わず息を呑んだ。
男を見て、綺麗だと感じたのは、生まれてはじめてのことだった。
夕闇に溶けそうな横顔。長い指先。
その透明な寂しさに、胸の奥がざわついた。
カサリ、と零の靴が枯れ葉を鳴らす。
「誰だ?」
男子生徒が立ち上がった。
「あ、君は――」
金色の刺繍が施された、紺色のブレザー。
「……!」
さっき、生徒会室で見た男子生徒と同じ制服。
零は踵を返すと、全力で校門を駆け抜けた。
ぽつり、と雨粒が落ちた。
零の頬を汗と一緒に伝い落ちる。
あの生徒会室での熱と、小さな猫に向けられた視線。
脳裏に焼きついて離れない、あの横顔。
自分の義兄となる男の、対比する顔を覗き見てしまった日。
――そして、数ヶ月経った今。
零は鍵をかけられた生徒会室で、その瞳に捕らえられている。
眼前にあるのは、あの時と同じ、生徒会長の証である金色の刺繍。
「どうした。大人しすぎるのも面白くないな」
耳元で囁く声に、零の背中をビリビリと電流が走る。
どれが本物で、どれが偽物なのか。
彼の本当は、いったいどちらなのだろう。
零は震える指先を握りしめたまま、その瞳から、どうしても目を逸らせなかった。




