#20 恋に落ちたら※弦side
すべてが終わった静寂の中で、僕は腕の中にある愛おしい重みを確かめていた。
零は静かな寝息を立てている。
律に縛られていた手首の痕をそっと指先でなぞると、愛おしさと、あいつを完全に破滅させてやったという昏い充足感が胸を満たした。
『たぶん、最初に会った日から……』
消え入りそうな声で零が告白したあの瞬間、僕の心臓は跳ね上がるように歓喜した。
似た者同士だ、と心底思う。
なぜなら僕も、まったく同じだったからだ。
◆◆◆
最初に零を見たのは、春休みだった。
入学式の準備のため、僕と如月は登校していた。
「ねぇ、弦。たまにはしようよ」
湿った空気の中で、僕は如月の誘いに乗った。
生徒会室にはソファもあるのに、如月は冷たく固い机に背中を預けることを好んだ。
如月の甘く掠れた声が、生徒会室に滲む。
「おい、少しは声を抑えろよ」
「いいじゃん、誰も来ないんだから」
ミス聖音の才女の本性を知ったら、どれだけの男子生徒ががっかりするか。いや、喜ぶ方が多いか。
「ね、もっと……!」
互いの空虚を埋めるためだけの惰性だ。
意味のない熱。
だけど、そんな熱でもないよりマシだった。
母が消えたあの日から、僕はどこか壊れていた。
「……?」
小さく息を呑む音がした。
視線を向ける。
わずか3センチ、扉の隙間。
それが、零とはじめてあった瞬間だった。
驚き、怯え、嫌悪。
感情がぐちゃぐちゃに混ざった顔。
それなのに、目だけは逸らさなかった。
――綺麗だ。
そう思った。
この学園には似つかわしくない。
神大寺の人間とも、僕の周囲にいる人間とも違う。
汚れていない目だった。
すぐに零は引き返した。
金色の髪が光って見えた。
如月が何かを言った気もするが、覚えていない。
――欲しい。
あの目を、泣かせたい。乱したい。
僕だけを映すように壊してしまいたい。
目の前にいるのは如月のはずなのに。
脳裏に焼きついて離れないのは、たった今、自分を覗いていた少年の顔だった。
怯えているくせに、逸らさなかった目。
「あ、あぁ、もう、いっ――――!」
背筋が焼けるような快感が走った。
「っ……!」
まっすぐな瞳と金色の髪を想って、僕もすぐに果ててしまった。
その衝動に、自分で驚いた。
◆◆◆
数日後。
父から「再婚相手とその息子を紹介する」と告げられた時、僕は心底どうでもよかった。
律の母親が他界して、すぐに僕の母と再婚した父。
母が律から受けた屈辱に最後まで気づかず、守ってやることもできなかった父に、今さら何の期待もしていない。
新しい家族?
滑稽だ。この家は、とっくに壊れている。
――けれど。
リビングへ現れた少年を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
――あの目だ。
春休みの生徒会室、扉の隙間から僕を見ていた少年。
あの時と同じ金色の髪。
「やぁ、こんにちは」
律が柔らかな笑みを浮かべる。
「かわいい弟ができてうれしいよ」
そう言って、零へ手を差し出した。
ただの握手だ。
だけど、律の指先が零へ触れた瞬間、猛烈な不快感に襲われた。
――触るな。
「どうした、弦?」
僕の視線に、律がこちらを見る。
穏やかな声音。いつも通りの微笑み。
今思えば、律はあのとき、僕が零に向けた異常な執着を、もう嗅ぎ取っていたんだろう。
「その髪色、新学期までには直すように」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
零が眉をひそめる。
「は?」
「聖音の生徒に相応しくない」
「めんどくさ」
吐き捨てるような返答。
この家にも、僕にも、媚びることなく、睨み返してくる。
「こら、零!」
母親の静止も聞かずに、零は露骨に顔をしかめた。
「俺、お前の指図は受けない」
その反抗的な目を、もっと歪ませたいと思った。
ぐしゃぐしゃに乱して、それでもなお、自分を見返してくる顔が見たい。
どうしようもなく、零を愛おしいと思ってしまった。




