#21 夜明け ※弦side②
新学期が始まって早々、僕は零を生徒会室へ呼び出した。
用件なんて、もちろんない。
ただ、会いたかった。
他の生徒と話している姿を見ると、笑っている顔を見ると、ひどく苛立った。
こんな感情、知らない。なのに、止められなかった。
「なんの用だよ、生徒会長さん」
不機嫌そうにドアを閉めながら、零がこちらを見る。
少し伸びた金髪の前髪。その隙間から見える反抗的な目。
「ネクタイはどうした?着用は校則で決まっている」
「忘れた。めんどい、あれ」
僕はゆっくり立ち上がると、零へ歩み寄った。
一歩近づくたび、零の肩がわずかに強張っていく。
その反応だけで、喉が熱くなる。
「な、なんだよ」
「せめてボタンくらい――」
零の制服のボタンへ指をかけた。
「っ……!」
零が肩を震わせる。細い喉が上下した。
最初は、本当にボタンを閉めるだけのつもりだった。
校則を盾にして、ほんの少しあいつに触れる理由が欲しかっただけ。
それだけのはずだった。
制服の隙間から覗く肌が、やけに無防備で、目眩がするほど綺麗だった。
――駄目だ。我慢できない。
頭の中で何かがプツリと切れた。
「お、おい、やめ――」
気が付いたら、ソファへ押し倒していた。
零の瞳が大きく揺れた。
どんな顔で怒るのか。
どんな声で反抗するのか。
どこまで追い詰めれば、自分の名前を呼ぶのか。
熱を持ちはじめた白い頬に、ぞくり、と背筋が震えた。
「や、やめ……て……」
自分の痕を刻み込むたび、零は泣きそうな顔で僕を睨み返す。
誰にも触れられないでほしい。
僕だけを見ていてほしい。
その後も、僕は何度も零を生徒会室へ呼び出した。
最初の頃は、ドアを開けるたび露骨に嫌そうな顔をしていた。
「生徒会長って暇なのかよ?」
口では反抗しているくせに。
本気で拒絶しないことを、僕は知っていた。
最初は恐怖による従属だったのかもしれない。
「っん……あ…」
だけど、時折、どうしようもなく甘い熱を帯びた吐息が漏れる。
零の目が、僕の指先を追う。
まるで、誘われているのは自分ではないかと疑うほどに。
独占欲が、どんどん膨らんでいく。
全部、僕のものにしたかった。
けれど同時に、怖かった。
僕がしていることは、律と同じなんじゃないか。
零が壊れてしまったら、母のように消えてしまうかもしれない。
――あぁ。
だけど、もう手遅れだった。
救いようがないほどに、僕は零を欲していた。
もう、壊すことも、手放すこともできないくらいに。
◆◆◆
如月から送られてきた監視映像を見た瞬間、血の気が引いた。
「すみません、もっと早く走れませんか?」
「そういわれても、この天気じゃ」
タクシーの運転手は渋った。
暴風雨の高速道路。
ワイパー越しの景色は白く霞み、前方すらまともに見えない。
「お礼はします。倍額をお支払いしますから」
タクシーの運転手は困ったように眉を寄せながらも、アクセルを踏み込んでくれた。
最悪の結末になる前に、零を取り戻せたこと。
今となっては、感謝してもしきれない。
零を奪われるくらいなら、いっそ世界ごと壊してしまおうと、本気で思った。
――だけど。
「……ゆず…る……」
腕の中で眠る零が、胸元へ擦り寄ってくる。
まるで、子猫が母親に甘えているような仕草だった。
「んっ……」
零の金色の髪をそっと撫でる。
窓の外では、嵐が過ぎ去ったあとの淡い朝焼けが広がり始めている。
長かった夜が、終わろうとしていた。
腕の中の温もりを抱きしめながら、僕は静かに目を閉じた。
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