#19 もう離さない
弦は、壊れ物を抱きしめるみたいに、零をぎゅっと腕の中へ閉じ込めた。
「……怖かったか?」
今まで聞いたことがないくらい、静かで優しい響きだった。
零は唇を噛む。
「ガキ扱いするんなよ」
嘘だ。本当はすごく怖かった。
台風の中でひとりでいることも、律に壊されそうだったことも。
「もういいから、離せよ!いつまで俺にくっついてんだ。制服びしょ濡れじゃないかよ」
零は逃げるように、弦の胸を押し返した。
けれど弦は逃がさない。
顎へ指を添え、無理やり視線を合わせる。
弦の腕に力がこもった。
「遅いんだよ……、帰ってくるのが」
ぽつりと落ちた本音。言った瞬間、零の顔が熱くなる。
こんなの、まるで。弦を恋人みたいに。
「……は」
小さく息を漏らしたのは、弦だった。
眼鏡の奥の瞳が、信じられないものを見るように揺れる。
「僕がいなくて、寂しかった?」
「……っ!」
全部、見透かされている。
零は悔しくなって、弦の胸ぐらを掴んだ。
「たった数日会えなかっただけで、寂しかったのか」
「悪いかよ……!」
思わず震える声。
だけど、嵐の中を戻ってきてくれた。修学旅行を放り出して、何時間もかけて。
「なんか、弦がいないと、調子狂うんだよ……!」
弦が堪えきれないように笑った。
「……はは」
肩を震わせるほど珍しい笑い方。
「な、なんだよ!」
「いや……嬉しくて」
弦は零の額へ、そっと自分の額を重ねた。
熱い吐息が混ざる。
「僕も同じだ」
「っん……!」
「修学旅行なんて、どうでもよかった」
弦が静かに言う。
「離れていて、頭がおかしくなりそうだった」
――ずっと。
弦は零を閉じ込めようとしていた。
自分だけのものにしたくて、失うのが、律に奪われるのが、怖かった。
けれど、それは零も同じだったのだ。
「い、いっぱい、触られたんだ……あいつに……」
弦の眉が、神経質そうにピクリと上がる。
「どこだ?どこを、どう触られた?」
「……わっ!」
リビングの大きなソファに、零が押し倒された。
あっという間に、零のシャツが脱がされる。
「ここか?それとも、こっち?」
「……あ!」
零はたまらず声をあげた。
「そ、そこは、ちがっ……、弦だけ!」
零は震える指で、弦の頬へ触れる。
「…っ…き……」
小さな声だった。
「……すき……んだ……弦のことが」
「零」
「たぶん、最初に会った日から……」
生徒会室で覗いた時の傲慢な熱。
雨の日に、野良猫に向けたあの寂しげな横顔。
相反するふたつの顔を同時に垣間見て、そして、逃げられないほど捕らわれてしまったのだ。
「僕から離さない、絶対にな」
弦の指が、零の後頭部を優しく、けれど拒絶を許さない力で引き寄せる。
そっと、唇を重ねる。
冷えた唇同士が触れ合い、ゆっくり熱を分け合っていく。
もう、縛り付ける鎖はいらない。
いつの間にか、嵐は去っている。
窓の外を叩いていた激しい雨音は遠のき、屋敷を揺らしていた暴風も、嘘のように凪いでいた。
だけど、部屋の中は、嵐よりも激しい愛にあふれていた。




