#17 浸食される心と身体
律の細長い指が零の顎を強引につまみ上げる。
「かわいそうに……震えてるね」
律の声はどこまでも優しく、それゆえに狂気に満ちていた。
「大丈夫、優しく壊してあげるから」
するりとネクタイを外すと、抵抗しようともがく零の両手首を縛りあげた。
「っ……、やめろ……触るな!」
「弦の母親も、最後にはそうやって泣いてたなぁ」
その言葉に、零の背筋が凍る。
まるで昔話でも語るみたいな口調だった。そこに罪悪感はない。
めくられたシャツ。冷たい空気と、それ以上に冷酷な律の指先が肌を滑る。
「秘密を共有すると、人は簡単に壊れる。罪悪感と快楽を混ぜれば、もう元には戻れない」
その言葉は、まるで自分自身を暴かれているみたいだった。
弦に抱かれるたび、嫌悪と熱が混ざり合っていく感覚。
怖いのに、惹かれてしまう。拒絶したいのに、弦の腕の中へ安心を求めてしまう。
「でもさ、一番傑作だったのは――」
うっとりと律が笑う。
「母親とぼくが絡み合う姿を見た弦の顔かな」
「……!」
零の瞳が見開かれる。
耳を塞ぎたくなる。けれど身体は押さえ込まれ、逃げることもできない。
律は愉快そうに続けた。
「必死に母親を守ろうとしてた子どもが、何もできずに立ち尽くしてるんだ。あれは本当に名シーンだったな」
その口調は、自分の功績を誇るみたいに冷酷だった。
「今度は、どうだろうね」
耳元に吹き込まれる熱い吐息と、首筋を這う湿った舌の感触。
まるで蛇がまとわりつくみたいな感触。
「……あ、ぁ……っ!」
涙が滲み、呼吸がうまくできない。
「いい声」
律が嬉しそうに笑う。
「弦に聞かせてあげたいな」
逃げ場のない闇の中。
零は震える声を振り絞って、自分を救える唯一の名前を叫んだ。
「弦……っ! 弦、助けて……っ!」
喉が裂けるほどの悲鳴。
その瞬間。
激しい風の音を切り裂いて、リビングの扉が乱暴に蹴破られた。
「……汚い手で、僕のものに触れるな」
そこには、全身を雨に濡らし、肩を荒く上下させる弦が立っていた。
「弦……っ!」
「おやおや、早いお帰りだね。明日まで戻れないと思っていたけれど」
律は零を組み敷いたまま、余裕の笑みを浮かべて弦を見据えた。
「今すぐ、離れろ」
メガネの奥、その瞳に宿る怒りは、もはや言葉で抑えられるものではなかった。
そのただならない雰囲気を察して、律は仕方ないと言わんばかりにゆっくり体を起こした。
「零、こっちへ来い」
弦の低い、けれど確かな声。
零は律の腕を振り解くと、縋り付くように弦の胸へと飛び込んだ。
「また、傷つけられた」
手首に食い込んだネクタイの痕を見ながら、弦は忌々しくつぶやくと、その手枷を外してやった。
「弦!」
零は自由になった両手で、濡れた制服にも構わず、弦に抱き着いた。
自分を強く抱きしめる弦の腕。
「……遅くなってすまない。もう大丈夫だ、零」
その言葉に、零の張り詰めていたものが一気に崩れそうになる。
弦の眼鏡の奥、冷徹な光が律を捕らえていた。




