#14 俺やっぱり弦のことが…
ふたりはまだ濡れた髪のまま、大きなベッドへと身を沈めた。
先ほどまでの激しさが嘘のように、弦の動きは静かだった。
「……弦」
零が不安げに名前を呼ぶ。
すると弦は何も答えず、零の手首に残る赤い痕へそっと触れた。
まるで壊れ物を慈しむような仕草に、零は思わず息を呑む。
弦の唇が、零の額、目蓋、そして頬へと、一つずつ丁寧に落とされていく。
その瞬間、零の胸の奥が大きく揺れる。
今まで、弦は冷酷な人間だと思っていた。
誰かを傷つけても平気な顔をして、自分の欲しいものを当然のように奪っていく男だと。
なのに。
『失うことを恐れている』
今は顔も思い出したくない律の言葉が、不意によみがえった。
「僕以外の男に、触るなと言ったはずだ」
低く掠れた声。
弦は零の指を絡めるように握り、離さないまま囁く。
「さ、触ってない……!」
気づけば、必死に否定していた。
「勝手に……あいつが……さ、触ってきたけど……、俺は、嫌だった……っ!」
零の震えた声に、弦が少しだけ驚いたように目を細めた。
――どうして、俺はこんなに必死なんだろう。
弦に誤解されたくない。
嫌われたくない、裏切ったと思われたくない。
これでは、そう言っているのと同じことだ。
本当なら、弦にどう思われたって構わないはずなのに。
――ああ、そうか。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れていく。
憎いと思っていた。
怖いと思っていた。
――俺、やっぱり、弦のことが……。
零はようやく気づいてしまう。
自分はとっくに、弦に惹かれていたのだと。
恐怖も、怒りも、苛立ちも。全部、目を逸らすための理由だった。
認めてしまえば、もう戻れなくなるから。
「俺は、触ってない……弦以外には……」
「……子どもの言い訳だな」
弦が低く笑う。
けれどその声音は、不思議なくらい柔らかかった。責めるような冷たさはない。
張り詰めていたものがほどけたように、零は震える腕を伸ばし、そっと弦の背中へ回した。
はじめてのことに、弦が小さく息をのんだ。
弦もまた、怖かったのだ。
一方的な行為に対して、零が自分を憎んでいたことを自覚していた。
だけど、どうしても自制できなかった。
目の前にいると、欲しくて仕方がなかった。
「弦、ごめん……」
その一言で、弦の胸の奥にあった孤独が溶けていく。
零のことが、どうしようもなく愛しかった。
「わかった、もういい……」
通じ合ったのは言葉じゃない。
抱え込んでいた不安も、怒りも、執着も。
全部さらけ出した先で、ようやく触れられた心だった。
もう、誤魔化せない。
心も体も、全部まとめて惹かれている。
どれほど危うくても、もう否定できなかった。
ふたりに共通する想いと一緒に、身体を重ねていった。




