#13 バスルームの熱
「何をされた?」
眼鏡の奥の瞳は、暗闇の中でも恐ろしいほどの光を放っている。
「……な、なにも……!」
「嘘だ」
弦の手が伸び、零のシャツをめくる。
そこには、弦の痕を塗りつぶすように、律が残した生々しい「上書きの痕」があった。
弦の表情が、一瞬で凍りついた。
それは冷徹さを通り越し、激しい憎悪と嫉妬に染まった顔だった。
掴む手に力が入り、零が短い悲鳴を上げる。
「や、やだって……言ったけど……っ!」
悔しさと恐怖で、零の目から涙が溢れた。
弦の視線を浴びるだけで責め立てられている気分になる。
弦は何も言わなかった。
ただ無言のまま零の腕を掴み、自室のシャワールームへ引きずっていく。
「な、何すんだよ!」
抵抗も虚しく、タイル張りの床に膝をつかされる。
弦は無機質な手つきでシャワーを手に取ると、容赦なく冷水を零に浴びせかけた。
「っ……つめてぇ……!」
濡れて張り付いた服の不快感。
「弦っ、やめろよ――!」
零が掠れた声を漏らした時、不意に弦の腕が強く背中へ回った。
濡れたまま、抱き締められる。
冷たいはずなのに、弦の体温だけが異様に熱かった。
「キレイにしてやる」
弦は零のシャツを引きちぎるように脱がせた。
スポンジに泡を立て、苛立ちを押し殺すように零の肩や腕を洗っていく。
「や、そこ痛い……っ、弦……!」
手首の傷が染みて、思わず眉をひそめた。
「ひゃっ……!」
零の手首に、弦の舌が這った。
逃げ場のない浴室に、零の悲鳴に近い喘ぎが響き渡った。
「ゆ、ずる……」
弦に触れられている間だけは、律に刻まれた不快な記憶が薄れていく気がした。
冷たく侵食されるようだった感覚を、弦の激しい熱が覆う。
拒絶したいのか。
それとも、縋りたいのか。
自分でも正解が分からず、零はただ震える手で弦の濡れた背中を強く掴んだ。
〈あとがき〉
物語は後半戦へ。20話程度で完結予定です。
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