公務引継後の茶会
「そう、泣き落としはしなかったのね。焦る兄を見てみたかったのに」
王宮舞踏会から十日過ぎた午後。第二王女ヨランダの部屋で公務の引継ぎが行われた。そして一段落したところで人払いをし、ヨランダ、パウリナ、グレース、スカーレット四人での茶会に移行していた。ヨランダに詳細を求められたパウリナは、我慢強く夫と向き合い話し合ったと伝えたのだ。
「直接見られないのに残念そうなのは何故?」
グレースは呆れた様子でヨランダに尋ねる。パウリナも同じ気持ちでヨランダを見つめた。
「お兄様の動揺している姿が想像出来ないのよ。王太子教育の賜物なのでしょうけれど、そういう姿を見てみたいだけ」
ヨランダの言葉を聞いてパウリナは内心嬉しくなった。リチャードが慌てている姿を知っているのは自分だけなのかもしれないという優越感がわいたのだ。
「ジミーが動揺している姿も想像出来ないかも」
黙って話を聞いていたスカーレットが呟いた。パウリナもジェームズに会ったのは八人での夕食会だけだ。しかしその姿を思い出すと、確かに動揺しそうな雰囲気はなかった。何と表現していいのかわからないが、強靭な心を持っていそうである。ただ言葉を交わさなかったので、人となりは判断できない。
「私が婚約解消すると言っても動揺しないと思うわ、あの男は」
グレースは投げやりにそう言った。その言い方がパウリナには引っかかる。
「グレースは婚約者と結婚をしたいの? それとも本当は解消したいの?」
「私も本当のところを聞きたい。どうしたいの?」
パウリナの質問にヨランダも興味津々でグレースに問いかける。グレースは困ってスカーレットに視線を送ると、スカーレットは話を聞くよという善意の表情を向けていた。グレースは暫く視線を彷徨わせた後で俯く。
「私もわからないの。ジミーが好きなのかさえわからない」
「好意が消えたのなら婚約を解消してしまえばいいのではないの?」
「他に好きな人が出来たら解消する約束なの。けれど好きな人はいないのよ」
パウリナの純粋な質問に対してのグレースの答えに、ヨランダとスカーレットは何と声を掛けていいのか迷う。しかしパウリナは違った。
「その気持ちは伝えていないの?」
「流石に情はあるのよ」
「言葉で伝えなければ相手には伝わらないと思う」
パウリナの言葉にグレースは数回瞬きをする。確かにジェームズの察する能力は低い。しかも最近はケイトだけでなく甥にも会えないとばかり言っている。彼の中での優先順位が下がっている気がするのも面白くないのだ。
「私を助けてくれたようにグレンは助けてくれないの?」
パウリナはスカーレットに問いかけた。それに対しスカーレットは困ったような表情を浮かべる。
「ジミーが夫に相談したとは聞いていないの。相談されていないのに動かないと思う」
「それならあの夕食会での説明はどういう意味だったの?」
「夕食会で何があったの? 私も呼んでほしかったのだけど」
パウリナとスカーレットの会話にヨランダが割って入る。リチャードを中心とした幼なじみの夕食会に呼ばれないのは普段通りなのでヨランダも気にしない。しかし今回はウォルターが同席していたと聞き、それなら一緒に呼んでほしかったのである。
「あれはグレンが出席者を選んだの。私も詳細は知らないのよ」
スカーレットは本当にグレンから何も聞いていない。しかし実際夕食会中にグレンが解決策を見つけ出し、その夜にリチャードとパウリナが向き合えたのだから必要な人だけ選んだのだろう。しかもその判断にウォルターの行動が影響していたとスカーレットは感じていた。
「そういえば助言をくれそうってグレースは言っていたわよね?」
夕食会での会話を思い出し、パウリナはグレースに問いかける。
「あの中で機微に聡いのはアレックスとグレンだけど、恋愛関係なら断然グレンなのよ。アレックスは多分察してもジミーには何も言わないわ」
「グレースの兄に対する信用は高いわよね」
アレクサンダーもグレースも社交性が高い。それだからかはわからないが、二人には幼なじみ以上の絆があるとスカーレットは思っていた。
「私とアレックスは根本的に似ているのよ。だから私が嫌がるだろうことはしない。私もしない」
グレースは言い切った。アレクサンダーは自分が嫌がる事をしないと自信を持っている。兄二人よりも余程信頼しているのだ。勿論それを兄二人に言うと面倒なので口にしたことはない。
「それで、グレンは何と言っていたの? 私はメイネス語がわからないから教えて欲しいわ」
グレースは真面目な表情でスカーレットに尋ねた。パウリナも言葉は理解したが意味はわからないのでスカーレットを見つめる。勿論ヨランダも目を輝かせてスカーレットを見ている。スカーレットは三人の視線を受け止めて困ったような表情を浮かべた。
「グレンの個人的な見解を私が勝手に言っていいのかな」
「勝手に言ってほしくなければ忠告するわよ。私達が顔を合わせるのをグレンは知っているのだから」
迷っているスカーレットにヨランダは早く言えと急かす。部外者であるヨランダが何故一番知りたがっているのかスカーレットにはわからない。しかしグレースも知りたがっているからこそ無言でスカーレットを見つめているのだろう。スカーレットは心を決めた。
「心配しなくても二人は結婚するとパウリナ様に説明したの」
「その根拠は?」
「ジミーがグレースに対して恋愛感情を抱いているのは間違いないけれど、正しく理解していないから伝えきれていないと。そしてその伝え方に関しては助言のしようがないからグレースの判断になると」
「結局グレースが察しないといけないの? あれだけ恋愛結婚がしたいと言っているのに?」
ヨランダは不満そうだ。スカーレットもだから言いたくなかったのだと視線で訴える。その視線を受けてヨランダは小さなため息を吐いた。
「そうよね。兄の態度の変化には驚いたけれど、ジミーに同じ変化は期待出来ないわ」
「ジミーも笑う時は笑うわよ」
「私は幸せですというような表情をジミーがすると思う?」
「流石にそれは想像出来ないけれど」
グレースも王宮舞踏会でのリチャードの変化には驚いた。リチャードは元々表情を表に出さないように努めているのだと彼女は思っていたのだ。いや実際努めてはいるのだろう。それを上回る愛おしいという感情が溢れていたのだとしたら羨ましい限りである。
「もう恋愛結婚は諦めて、ただ単にジミーと結婚してみたら?」
「ただ単に結婚する相手としてジミーを選ぶくらいなら独身が良いわ」
ヨランダの提案にグレースはきっぱりと拒絶した。それに対しヨランダは冷めた視線を送る。
「私も恋愛結婚に憧れていた時期があったわ。けれど結婚相手を好きかと聞かれたら嫌いではないくらいなの」
二人のやり取りを黙って聞いていたパウリナは驚いたが、ここで口を挟むのは違うと思って言葉を飲み込んだ。そもそも王族が恋愛結婚をする方が珍しいのである。彼女は自分がいかに幸運かを改めて実感した。
「彼は明らかにヨランダに好意を寄せているのだから私とは違うでしょう?」
「ジミーはグレースを好きなのでしょう? それなら同じだわ」
同じと言われてグレースは首を傾げた。ヨランダの婚約者はアイザック・ベイリー。児童養護施設の担当官吏である。彼は二年ほど前からヨランダに対する好意を表に出し始めた。最初は流していたヨランダだったが、リチャードとパウリナの結婚式の日程が決まると婚約を発表したのである。
「私は嫌いではない程度だけれど、それでも私と幸せな生活を送る約束をしてくれたから結婚を決めたの。グレースもそれでいいでしょう?」
「良くないわよ」
「話を聞いていたらグレースは婚約者に好意を抱いていそうなのだけれど、違うの?」
二人の会話にパウリナは割り込んだ。グレースはパウリナに視線を向ける。
「何を聞いていてそう判断したのかを聞いてもいいかしら?」
「婚約者と仲良くしたい気持ちが根底にあって、けれど上手くいかないから気持ちがわからないと誤魔化しているようにしか聞こえなかったから」
パウリナは感じたままに答えた。ちなみに婚約者と言い続けているのはジミーという愛称で呼んでいいのかわからず、また名前を覚えていないのを誤魔化しているだけである。あの夕食会は幼なじみの食事会だったからか、ジェームズから挨拶をされていないのだ。
グレースはパウリナの指摘を受けて考え込む。彼女は本当に自分の気持ちがわからないと思っているのだが、パウリナの指摘通りだとしたらあまりにも自分らしくない。
「婚約を延長したのは悪手だったのかも」
グレースの言葉にはどこか吹っ切れたような雰囲気があった。
「それはどちらの意味なの?」
「ジミーに情なんて不要だったのよ。はっきりさせてくる」
「結婚と婚約解消のどちらなのかを私は聞いているのだけど」
「話して決めるわ」
グレースは笑顔をヨランダに向けた。その笑顔から決して投げやりではないと感じたヨランダは、笑顔をグレースに返す。
「ジミー相手に容赦は要らないわ。徹底的に言ってやりなさい」
「王女のような言葉遣いをしないでよ」
「私は王女なの。覚えておきなさい」
不遜な表情を浮かべるヨランダにグレースは思わず笑みを零す。二人のやり取りを見ていたパウリナとスカーレットも笑顔を浮かべる。こうして茶会の時間は穏やかに過ぎていった。




