表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
終幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/87

公爵令嬢と侯爵令息の行く末

 スミス公爵家の庭にある四阿でグレースとジェームズは向かい合って腰掛けていた。彼の従者と彼女の侍女は、彼女の命によって二人の会話が聞き取れない範囲に下がらされている。

「二年半前を再現しているのか?」

 ジェームズはグレースに問いかけた。化粧をしていない彼女は珍しい。

「始まりと終わりが同じというのも趣があると思ったのよ」

 終わりという言葉にジェームズは反応した。それに対してグレースは微笑みを浮かべる。

「私が他に好きな人が出来ない限り婚約解消は出来ないと思い込んでいたの。けれどあの日、ジミーは受け入れられないのなら婚約解消してもいいと言ったと思い出した」

 微笑みは浮かべているもののグレースの眼差しは真剣そのもの。ジェームズも真剣な表情でその眼差しを受け止める。

「私との結婚生活がどうなるかは、してみないとわからないはずだ」

「その一歩が踏み出せないから婚約解消をするのよ」

 グレースは力強い声で言い切った。相手を試すような言い方ではない。ジェームズは文句を言いかけた口をぐっと結び、腿の上に置いていた手を力強く握りしめた。

「私の気持ちは伝わらなかったのか」

「そうなるわね」

 グレースは用意されていたティーカップを手に取り紅茶を一口飲む。過去を振り返ってみると、ジェームズはそれほど彼女に愛を語ったわけではない。元々の性格からして難しいだろうとは思っていたし、彼が嫉妬しているような態度は何度も見てきた。だが彼女は恋愛をしたかったのであり、それは叶っていない。

「お互い独身のつもりなら、結婚してもいいと思うのだが」

「良くないわよ。その思考に辿り着くのが本当にわからない」

「グレースも私と会話は成り立たないと思っているのか?」

 ジェームズはまっすぐグレースを見つめた。彼女は訝しげな表情を浮かべる。

「自覚がなかったの? 私とアレックスは成り立たせてあげているのよ」

「今アレックスは関係ないだろう?」

「アレックスだけでなくグレンも同じよ。周囲に感謝することね」

 グレースの言葉にジェームズは面白くなさそうな表情を浮かべる。それは決して彼女の言い方が気に食わなかったのではない。関係のない幼なじみの名前が出てきたからである。

「何故グレースの話にはアレックスが纏わりつくのか。グレースにとってのアレックスはどういう立ち位置だ?」

「信頼している幼なじみね」

「私は信頼していないと」

「嘘を吐かないとは思っているわよ」

「黙るのは構わないが嘘は性に合わない」

「嘘を吐こうとしたら不自然な振る舞いになるでしょうね」

 グレースにはジェームズの目が泳ぐ様が簡単に想像できた。隠し事が苦手な男ではない。本人の申告通り何も言わずに隠し通すのは得意だろう。だが、思ってもいないことを口にしようものなら明らかに不審な態度になるはずだ。その点では結婚相手としては悪くないのかもしれない。

「だがアレックスとは結婚など考えられないのだろう?」

「それはお互い様なの。私達は異性ではなく人間としてお互いを信頼しているのよ。悩みを打ち明ける関係でもないけれどね」

 グレースは説明しながら改めて不思議な関係だと思った。顔を合わせれば話すが、約束をして会う関係ではない。それでも顔を合わせれば相手がどういう心境なのかを察してしまう。八人の食事会でもアレクサンダーは彼女の心境をわかった上でジェームズと話していたように感じた。残念ながらジェームズには伝わっていなかったようだが。

「悩みがあるなら私に言えばいい。聞くくらいなら出来る」

「聞くだけなの?」

「グレースの笑顔が戻るように必死に考えるが、正しい答えを出せるかは自信がない」

 ジェームズは真剣な表情をしている。グレースは無表情でそれを受け止めた。ここで格好いい台詞のひとつも出てこないのが彼らしい。安請け合いしないのは誠実に向き合おうとしているからだとも言える。

「私は笑っていなかったかしら?」

「王太子妃殿下の件で忙しいからだと思っていたのだが、私のせいかもしれないとは思っている」

「思い上がりも甚だしいわ。兄達に何か言われたのなら忘れて」

 グレースは兄二人がジェームズと会ったのを知っていた。王宮舞踏会で王都に出てくるスティーヴィーはいつも実家に滞在し、ここぞとばかりに彼女を構ってくる。その次兄が一度だけ夕食時にいなかったのだ。さらにその日は長兄も夕食時に出掛けていた。二人揃って出かけるなんて自分絡み以外では考えられない。勿論兄二人の行動は使用人に確認済みだ。

「二人はグレースを心底心配していた。私も兄だからその気持ちはわかる」

「それなら婚約解消でいいでしょう?」

「良くない」

 グレースの言葉にジェームズは強い否定で返す。

「私が仕事人間なのは認める。仕事は楽しいが、時間を合わせて同じ馬車で出退勤するのも楽しいだろうなとかグレースは考えた事がないのか?」

「行きはまだしも帰りに時間を合わせるのは無理があるわ。夕食の時間も全然合わなかったじゃない」

「だからこそ結婚して時間を共有したいと思うだろう?」

 ジェームズは宰相補佐として、グレースは王太子妃の女官として婚約後は忙しくしていた。王太子の結婚が近付くにつれ、彼の仕事時間が増えたので二人で会う機会は減っていったのだ。女官としての仕事は王太子妃の公務が少ないので落ち着いているが、宰相補佐の仕事は常に忙しい。

「仕事終わりにグレースの笑顔を見て癒されたい。今日もお疲れ様と言われたい」

「それくらいなら誰かが叶えてくれるわよ」

「グレースでなければ意味がない。だから教えて欲しい。グレースの表情を曇らせているのが私ならば、その解決方法を」

 ジェームズは真剣そのものだ。茶化すような場面ではない。グレースも正直に話そうと腹を括る。

「私もわからないの。笑っていない自覚がなかった」

 グレースは視線を伏せて言葉を紡ぐ。パウリナの指摘を受けてはっきりさせようとこの場を設けた。しかし婚約解消と口にしながら、心のどこかで本当にそれでいいのかと不安が付き纏う。しかしジェームズと結婚をして幸せになれる自信もない。

「私が仕事を適当に終わらせてグレースとの時間を作る。これはグレースの望むところではないだろう」

「国の中枢にいるのだから適当なんて許されないわ」

「グレースが待っているから頑張ろうと仕事効率が上がるのは問題ないはずだ」

「それで効率が上がるの?」

「今まで約束をして遅刻したのは、緊急事態の時だけだったと思うが」

 ジェームズに言われてグレースは今までの約束を振り返る。確かに一度遅刻をしたが、その日は大雨で洪水になるかもしれないと緊急対応が求められたのだ。しかし対応が早かったので大事にはならず、彼も一時間程度の遅れだったと記憶している。

「あの時はグレースが待っているからと早く対応出来た」

「そう言えばお礼を言われたわね。理由がわからなかったけど、そういうこと?」

 グレースの問いにジェームズは真剣な表情のまま頷いた。それを見て彼女は呆れたように笑う。当時は遅刻したのを責めなかったからだろうかと深く考えなかったが、そんな理由とは説明されなければ思い当たらない。

「さすがの私でもそれは説明が欲しいわね」

「そうか、今後気を付ける。だが結婚を申し込んで以降の私の原動力はグレースだとは覚えていて欲しい」

 真剣な眼差しでジェームズは言う。グレースは思ってもみない言葉に一瞬怯んだものの、表情を取り繕う。

「ジミーはよくケイトに会えないと愚痴を零しているわ」

「それはグレースが慰めてくれるのを期待しての発言だ」

「はぁ?」

 ジェームズの言葉に対し、グレースは公爵令嬢とは思えない声を出した。しかし相手は気遣う相手ではないので彼女は失態だとは思わない。彼もまた特に何とも思わなかった。

「弱音を吐けば慰めてくれるかと思ったのだが、生憎仕事関連で吐ける弱音がない」

「ジミーにとってケイトは今どういう立ち位置なのよ?」

「可愛い妹なのは変わらないが、グレースとケイトのどちらかしか会えないのならグレースを選ぶ」

 ジェームズの発言にグレースは驚きを隠せなかった。幼なじみだからこそ彼の妹への執着は良く知っている。それを自分に向けられるのは抵抗があると彼女は思った。それを彼は何となく察する。

「グレースには嫌われたくないから節度は守っているつもりだ。不快にさせたのなら謝る」

 ジェームズは心から詫びているとグレースには感じた。彼女も恋愛経験は乏しいが、目の前の男は社交性も皆無である。婚約をして愛を深めようと言った割に、彼の行動からはそのような雰囲気を感じなかった。それは嫌われたくないという気持ちが大きすぎて、幼なじみ以上の振舞が出来なかったのだろう。そう思い至った時、彼女は自然と笑みを零していた。

「どうしようもない人ね」

 グレースはそう言いながら、ジェームズに対する恋愛感情が消えていなかったと確信をする。パウリナの指摘は正しかったのだ。あのリチャードの心を動かしただけはあると心の中で感心した。

 一方ジェームズはグレースの笑顔を見て押せばいけると判断をした。

「この哀れな男に慈悲をくれないか」

「これ以上婚約を延長しても意味はないと思うわよ」

「だから結婚しよう」

「わかったわ。結婚しましょう」

 グレースの言葉にジェームズは固まる。彼にとって想定外の答えだったのだろう。その彼の態度を見て彼女は楽しそうに笑った。

「嬉しくないの?」

「今日はグレースが笑えなくなった原因を聞いて対策を練るつもりで、婚約解消をしないのが目標で、まさか結婚を承諾してもらえるとは思っていなかった」

「それならやめておく?」

「やめない。グレースの気持ちが変わらないうちに結婚する。そうだ、今ここで書こう」

 ジェームズは胸ポケットから用紙を取り出すと机に広げる。グレースが不審に思いながら覗くと、それはしわだらけの婚姻届だった。

「持ち歩いていたの?」

「グレースと会う時は持ち歩いていた。従者が筆記具を持っている。呼び寄せていいか?」

「本当に乙女心のわからない人ね。このようなくしゃくしゃの婚姻届なんて提出したくないわ」

「これは提出せず記念に取っておく。正式なのは披露宴で記入する」

 グレースはジェームズが言いたい意味がわからず首を傾げた。婚姻届を再度貰うのは難しくないので提出しないのは問題ない。しかし取っておく必要性がわからなかった。必死に婚姻届のしわを伸ばしていた彼は彼女を見て微笑む。

「多分グレースが思っているより、私はグレースが好きだ。だから今日は記念日にする」

「記念にしわだらけなのはどうなのよ」

「家に帰ったら本で重しをすればいい」

 しわを伸ばしているジェームズは楽しそうである。グレースは自分も彼の笑顔を奪っていたのだろうと思った。しかし後悔しても仕方がない。これから二人で笑い合えるようになればいいのだ。結婚してから恋愛が始まる小説も多くあるのだから、それに期待するのも悪くないと彼女は微笑む。

「仕方がないわね、付き合ってあげるわ」

「相変わらず上から目線だな」

「ジミーの愛情が伝わっていないのだから仕方がないでしょう?」

「その課題は一向に答えが出ない。回答を教えてくれないか?」

「結婚したら見えてくるかもね」

 グレースは晴れやかな笑顔でそう言うと、ジェームズの従者にここまで来るよう手招きをする。それを見て従者と、彼女の侍女も一緒に近付いてきた。従者は机の上に広げられている婚姻届を見て状況を察し、持っていた鞄からペンとインクを取り出すと素早く机の上に置いた。一方侍女は驚きを隠せない。

「お嬢様、結婚を決意されたのですか?」

 スミス公爵家の使用人たちはグレースに幸せになって欲しいと願っている。彼女が選んだ相手なら文句を言うつもりはない。しかし当主が不満を持っている相手である。使用人たちもこの男でいいのだろうかと疑っていた。

「悩むより行動する方が私らしいでしょう?」

「かしこまりました。万が一お嬢様が不幸になった時には私がこの方を抹殺します」

「物騒過ぎないか」

 婚姻届に早速名前を記入していたジェームズは、二人のやり取りに思わずつっこみを入れた。グレースは微笑むと彼からペンを奪い、自分の名前を記入していく。

「私と結婚をするなら覚悟が必要ということよ。ジミーと違って私は引く手あまたなのだから」

 名前を書き終えてグレースはペンをジェームズに差し出した。彼はそれを受け取ると従者にしまうように命じる。そして二人の名前が書かれた婚姻届けを見て満足そうな表情を浮かべる。

「これを極力しわにならないように持ち帰ってくれ」

「既にしわだらけですが」

 従者は困惑したような声で指摘をする。ジェームズは従者を睨んだ。

「これ以上増やさないようにだ。しわを伸ばして額縁に入れる」

「額縁? 部屋にでも飾るの?」

「常に見えるような場所に飾らなければ意味がない」

 ジェームズは当たり前だろうという表情をしているが、グレースにはそもそも婚姻届を飾ること自体が考えられない。しかし悪い気はしなかった。

「結婚式や披露宴についてはこのまま進めるか? 色々と計画した書類が鞄に入っている」

「そのようなものまで持ち歩いているの?」

「いや、普段は婚姻届だけだ。今日は私の気持ちが伝わりそうなものを全部持ってきた」

「何よそれ、本当に私のことが好きなのね」

「あぁ。ずっと好きだ。伝わっているかわからないが、結婚してくれると言われてとても嬉しい」

 ジェームズにそう言われてグレースは彼をじっと見つめた。確かに浮かれているような雰囲気はなくもない。しかし王宮舞踏会での誰にでも伝わる態度のリチャードを見た後では、伝わらないとしか思えなかった。

「伝わっていないから今後の努力に期待するわ。とりあえずその計画を見せて頂戴」

 グレースは笑顔で従者に手を差し出した。従者は鞄から書類を取り出すと机の上に置く。彼女の手の上に置けるような量ではなかったのだ。その量を見て彼女は呆れ、また内容を見て呆れ、色々な指摘をジェームズにしていく。しかし彼はその指摘に不満そうにせず受け止めていく。二人の空気が和やかだったので、従者も侍女も二人の幸せを願いながら見守った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Web拍手
拍手を頂けると嬉しいです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ