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謀婚 平和な次世代編  作者: 樫本 紗樹
終幕

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妹を心配する兄二人

 レヴィ王都にある高級飲食店の一室。女性を侍らせる利用者が多いにもかかわらず、この室内には男四人しかいない。一人の男を壁に押し付けて二人の男が詰め寄り、一人の男はその様子を静観していた。

「どういうつもりなのか納得のいく説明をしろ」

「説明できないのなら諦めろ」

「私の求婚を断っているのはグレースで――」

「グレースのせいにするな」

 ジェームズが言い終わらないうちにスティーヴィーが言葉を被せた。隣にいるエドガーも鋭い視線をジェームズに向けている。その様子をアレクサンダーは無表情で見守っていた。

 スミス公爵家の長男エドガー、次男スティーヴィー。エドガーが幼い頃より第一王女アリスと結婚すると決めていたため、スティーヴィーは兄と家の為に自ら次期公爵家当主の予備に収まった。兄より目立つことはせず、誰に対しても温和に接する。成人後は王都から離れたくないであろう父と兄の代わりとして、領地経営の為にスミス領へ赴くと決めた。幸いなことに相思相愛の伴侶に恵まれ、本人はスミス領で幸せに暮らしている。

 しかし誰にでも温和に対応するからといって、元々の性格が温和とは限らない。スティーヴィーは怒らせたら怖いと、幼なじみなら誰でも知っていた。そしてジェームズはその人間を現在進行形で怒らせている。

 アレクサンダーも好きでこの場にいる訳ではない。怒りが収まりきらないスティーヴィーに頼まれて渋々同席しているのだ。相思相愛の相手と結婚したエドガーとスティーヴィーに対し、恋愛とは何かを未だに理解していないジェームズ。話がまとまるはずがないとアレクサンダーは思っている。更にアレクサンダー自身が恋愛感情をわかっていないので、ここに居るべきなのはグレンだと思うのに、グレースを一番理解しているのはアレックスだろうと無理矢理連れてこられてしまったのだ。

 アレクサンダーとグレースはお互い異性と認識していない幼なじみである。どちらも社交性が高かったり、恋愛結婚をしたいと思っていたりと共通点も多い。彼女が何に意地を張っているのか彼は見当がついている。しかしそれを彼の口から誰かに言う気もない。こればかりは本気で結婚したいと思っているのならジェームズが気付かなければいけない問題なのである。

「王宮舞踏会でリックの幸せそうな顔を見て何とも思わなかったのか?」

「リックが幸せそうで何より――」

「そのような感想は聞いていない」

 スティーヴィーは再びジェームズの言葉を遮ると、ジェームズの顔の横に勢いよく手をつき室内に鈍い音が響く。一番奥の部屋なのでスティーヴィーの叩いた壁の隣に部屋はないが、アレクサンダーはいつでも止めに入れるように姿勢を構えた。

「ケイトには子供が生まれたらしいな。グレースもジミーが余計な事さえ言わなければ、既に母親になっていたとは思わないか?」

「私はグレースに好きな人が出来たら婚約を解消すると約束をしている。未だに婚約が続いているのだから、私が何も言わなかった場合でもグレースは独身のままだ」

「婚約してしまったから諦めてグレースの前に現れなかった男が何十人もいるに違いない」

「私との婚約ぐらいで諦めるような男がグレースを幸せに出来るとは思えない」

 怒っている人間に対して正論をぶつけるのは正しいとは言えない。しかしグレースは幸せな結婚をするべきだとジェームズとスティーヴィーの意見が一致しているが故に、スティーヴィーの怒りは正論によって少し落ち着いてしまった。

「それなら責任をもって幸せにしろよ!」

「私もグレースが結婚してくれないから困っている。いい案があるなら教えて欲しいくらいだ」

 アレクサンダーは扉をちらりと見る。このまま気配を消して帰りたい気分になったのだ。誰も酒など飲んでいないのにこれならば、この後は面倒くさい展開にしかならないと彼は判断した。

「アレックス、帰るなよ」

 二人のやり取りを静かに見ていたエドガーがアレクサンダーに視線を向ける。

「いや、俺はここに居る必要ないと思うんだよね」

「俺達にはグレースの本当の願いがわからない。だがアレックスは何となく察しているんだろう? 私も相手がジミーなのは納得していないが協力してもらえないか?」

 エドガーは怒りが収まらないスティーヴィーを不安に思ってついてきた。ジェームズとのやり取りで少し落ち着いたと判断し、話を進めようとアレクサンダーを見つめる。

「俺もグレースには幸せになって欲しいんだよ。だからこそ何も言えない」

 アレクサンダーは真剣な表情で告げた。三人は不満そうな表情で彼を見る。彼はふっと笑顔を浮かべた。

「だけどグレンの言葉なら伝えてもいい。『心配しなくても二人は結婚しますから』」

「何語だ?」

「王太子妃殿下にグレースとジミーの関係をグレンが説明した言葉だからメイネス語」

「わかるわけがないだろう、レヴィ語で言い直せ」

「それはグレンに聞いて。俺も言葉の意味までは聞いてないから」

 文句を言うスティーヴィーにアレクサンダーは笑顔を向けた。八人での夕食会でグレンがメイネス語を使ったのはグレースに対しての配慮だろう。席が少し離れていたとはいえ、確定事項のように話すのは本来なら避けるべきである。しかしジェームズとグレースの関係性を知らないパウリナからしてみれば、婚約者に見えるはずがない。説明としては正しかったとアレクサンダーは思っている。そしてグレンからそう見えているのならば、周囲はただ見守っていればいいとも判断していた。

「それにグレースは嫌がると思うよ。兄二人のこの行動を」

 アレクサンダーは笑顔を浮かべたままだが、笑顔の種類が変化したのをエドガーもスティーヴィーも感じ取った。四人の中で一番年下であるアレクサンダーだが、元来の器用さに加えて、国王エドワードから数多の仕事を任されている。人生経験の濃密さでアレクサンダーに敵う同年代はいないだろう。

「俺はグレースに幸せになって欲しいからこの件は言わないけれど、グレースの勘は悪くないと知らないの?」

 アレクサンダーの笑みが深まる。グレースはスミス公爵家長女だからと阿るような人間とは表面上の付き合いしかしない。またスミス公爵家はグレースが国内一可愛いと思っている人間の集まりである。彼女が不審に思って兄二人の動向を尋ねた場合、口を割る使用人は少なからずいるだろう。

「ここは未来の義弟と楽しく食事をした方が無難じゃない? そしてそこに俺は邪魔だから帰っていい?」

「納得しかけていたのに、最後の一言で台無しだ」

 アレクサンダーの言葉にエドガーが呆れた声で返した。

「楽しく食事できるかの監視役にアレックスを招いた、でグレースは納得するから帰るな」

 続くスティーヴィーの言葉にアレクサンダーは明らかに嫌そうな表情を向ける。アレクサンダーは誰とでも仲良く出来るが、この三人と一緒に食事をするのは気乗りしなかった。

「そもそもアレックスがいないとジミーと会話が成立しない。どうしてこの会話がかみ合わない男を選んだのかわからない」

 スティーヴィーが盛大なため息を吐き、エドガーが同意するように頷く。

「今まで会話していたのに、それはどういう了見だ?」

「会話が成立していると思っているのはジミーだけだ」

 スティーヴィーの言葉が理解出来ず、ジェームズは眉を顰めた。その様子をアレクサンダーは微笑ましく思ったが、あえて無表情を作る。会話は侯爵令息とは思えない程下手なジェームズであるが嘘は吐かない。そこがグレースには良いのだろうとアレクサンダーは思っている。

「その会話が成立していると思っているのがいけないのではないのか? まともに会話が出来ない伴侶は嫌だとグレースが思ってもおかしくはない」

 エドガーはジェームズに淡々と語るが、ジェームズは納得いかない。

「私は成立していると思っている以上、直し方がわからない」

「それなら諦めろ」

「嫌だ。グレースが他の誰かを選ばない限り、絶対に諦めない」

 ジェームズは強い眼差しをエドガーとスティーヴィーに向けた。言葉と眼差しからジェームズのグレースに対する気持ちが生半可なものではないと二人に伝わる。

「それならせめてグレースを笑顔にしてくれ。最近苛々しているようで兄としてはいたたまれない」

「そうだ。グレースは笑顔が似合うから奪うような真似はしないで欲しい」

「私は別に――」

 ジェームズは反論しようとして口を噤んだ。思い返せば最近のグレースは笑顔が少ない。エドガーとスティーヴィーに指摘されてジェームズはその事実にやっと気付いたのである。ジェームズは焦ったようにアレクサンダーを見る。

「間違いなく笑顔を奪っているのはジミーだよ。理由は自分で考えて」

 アレクサンダーはにっこりと笑みを浮かべた。これくらいの助言ならグレースにも怒られないだろう。答えに辿り着くかは不明だが、ジェームズにはこれ以上何も言わないとアレクサンダーは決めた。

「とりあえず食事にしよう。アレックスも付き合え」

「スミス公爵家次期当主エドガー様の仰せのままに」

 エドガーに言われてアレクサンダーは恭しく一礼をする。その態度にエドガーは呆れたような笑みを浮かべた。アレクサンダーも笑顔を浮かべると店員を呼ぶ為に呼び鈴を鳴らす。そうして珍しい四人での夕食会が始まったのだった。

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