天使と悪魔
ソラも男の子ですね
時間にしてどのくらい経ったのだろうか。実は少しも変わってないのかもしれない。
手が触れただけで狼狽えて中腰で止まっている俺に構わず、目の前のユリカは更に姿勢を低くしプリントの回収を続けた。ただ回収してるなら良かった。
でもユリカは本来の優しさを今ここで無慈悲にも発揮してしまったんだ。
「ソラ君、大丈夫」
そう言いながらユリカは俺の目の前にちょこんと座り上目づかいで心配してくれた。
「だ、大丈夫だよ」
そのあまりの破壊力にやっと正気を取り戻しプリントをまとめる作業に戻った。
少しの興奮と、計り知れない罪悪感に包まれながら……
「ソラ君も、元気ないんだね」
俺の罪悪感を断ち切る様にユリカが呟く。ん、も……ってどういう事だ。
「他に具合悪い人いたっけ」
俺は感じた疑問を考える事なく聞いていた。
「やっと、ソラ君認めたね」
「ミナちゃんも……最近元気ない」
俺は墓穴を掘った事よりも、ミナが元気ないというユリカの意見を飲み込めなかった。今日だって楽しそうにカズとふざけあって、いや夏休み終わってから日に日に元気になってる気がする……
「……ミナちゃん」
「なんだか、無理してる」
「もしかしたらわたしに気を使っているのかも」 「わたしがカズ君に対して奥手だから」
「あと……その、カズ君を好きな女子って多いからわたしの身代わりになっているのかも……」
ユリカはずっと悩んでいたのだろう。ずっと自分のために友達が無理をしているかもしれないという不安を抱えていたのだろう。それが真実かどうかは俺には分からない。でも、俺とは違う視点で友達を、ミナを観ていた。その真実に俺はやっと目が覚めた気がした。
上辺だけの事実に、好きだと理由だけでミナを見失うところだった。勝手に妬んでいたカズにも申し訳ない。
「ユリカ、ありがとう」
やっと俺はユリカの顔を見る事ができ感謝の意を伝える。
「えっ、わたし何もしてないよ」
「……どういたしまして」
ユリカは俺の突然の言葉にプリントで顔半分を隠し照れている。なんとかユリカの想いを成就させてやりたい。ミナの気持ちがなんとなく分かった気がした……
――――――
「おはようっ、ミナ」
「どうしたの、ソラ」
「なんか良いことあったの……おはよう」
今日は俺はいつもと同じ時刻に家を出てミナと一緒に学校に向かった。今までもやもやしていた分、少しでも一緒にいたかった。もしかしたら俺なりの贖罪なのかもしれない……
「おはよう、カズっ」
「どうした、ソラ……おはよう」
カズの顔も久し振りに見た気がした。なんかごめんな……
「ね、カズ君」
「なんかソラがおかしいのよ」
ミナがカズに対して尋ねる。
「ミナちゃんが分からないなら誰にも分かんないよ」
カズがぼそっと呟く。カズのこういうストレートな意見は時として効果が大きい。
「ちょ、どういう意味、カズ君」
案の定、ミナは照れている。
「ちょっとソラ、カズ君を抑えてっ」
言われるがままにミナに従うと、ミナは両手の指をわなわなさせてくすぐる準備に入っている。
そこにユリカが登場してきた。
カズは挨拶の前にユリカに助けを求めだした。どうやらカズも脇は弱く、せっぱ詰まった声を出している。
ユリカは迷いながらも温かく見守る、という選択肢を選んだようだ。
天使の許可を得た悪魔ほど恐いものはいない。
朝の教室でユリカの天使の様な眼差しに包まれながら、カズの悲痛な叫びが響きわたっていた……




