お泊まり
海でのデートを終えた俺達は、来る時よりも時間を掛けて国道沿いの道を歩いて家に戻っていく。
段々と日が沈み、民家もまばらなこの辺りは灯りが少なく、頼りは通る車のライトだけだった。
ミナの家が見えてきた頃、今日も終わるんだなと寂しく感じ始め別れの笑顔を準備していた時。
「ソラ、今日は泊まっていって」
ミナが足を止めた瞬間下を向きながら呟いた。
「えっっ」
「いや、それは悪いよ」 「ご両親にも気を使わせるし……」
俺が慌てながら心の準備ができていないのを別な言葉で表現する。
ミナの両親とは知った仲だが、いきなり泊めてくださいは失礼だと感じた。
「親は、今日もいないから大丈夫……」
ミナが押し殺す様に呟いた。
今日も。
不思議には思ったが、聞くのもなんかな。
「お願い……」
ミナが顔を上げお願いというよりも祈るような目をしながら俺の手を強く握りしめた。
「わかった」
「でも、一回家に戻っていいかな」
「ちゃんとシャワーも浴びたいし、母親にも伝えておかないと」
でも外泊を許してくれるかな。
「いいよ」
「でもシャワーならウチで浴びていいから着替えだけ持ってきなよ」
なんか今日のミナはおかしいな。なんかあったのかな。
「う〜ん」
「シャワーまで借りるのもなぁ」
「とりあえず、家に戻って許可取ってこないと」
いつもと様子の違うミナに戸惑う。
「だったらあたしも着いていく」
「ソラのおかあさんにはあたしからも話すから」
なんか切羽詰まってるな、ミナ。とりあえずミナを連れて家に戻ろう。
「ただいま〜」
「かあちゃん、ちょっといいかな〜」
玄関で母親を呼ぶ。
なんだいなんだい、と足音をスリッパで殺しながら近づいてくる。
「あら、ミナちゃん」
「久しぶりねぇ」
「そういえば……」
「今日はどうしたい」
母親が何か言いかけた気もするが、とりあえず外泊の許可をとらないと。
「かあちゃん、今日ミナの家に泊まってもいいかな」
ミナには悪いが、多分ダメだと言われるだろう。
「……わかった、泊まってきな」
「えっ、いいの」
俺は意外な返答に思わず聞き返してしまった。
「戸締まり、火の元はしっかりね」
そういう問題かなぁ、疑問に思いながら着替えの準備のために部屋に戻った。
部屋で準備している時に、母親とミナの話し声が聞こえたが内容までは分からない。
どうしよ、コンドームは持っていくべきか、否か。
ミナはそのために泊まって欲しいと言った訳ではないと思うが、正直言って分からない。
一応、お守りとして持っていこう。
玄関に戻ると、ミナが深々と頭を下げて母親に礼を言っていた。
そこまでして一緒に居たかったのかと思うとちょっと照れる。
「ソラ、しっかりね」
母親に意味深な事を言われ見送られる。
いったいなんなんだ、二人して。
「ありがとね、ソラ」
ミナが申し訳なさそうに俺に言う。
「そんなことないよ」
「楽しみだし、お泊まり会」
俺は正直に思った事を言う。
「ぷっ、お泊まり会って」
ミナが俺の言葉に反応して吹き出した。やっとミナに笑顔が戻り、馬鹿にされた事なんて気にもしなかった。
「あっ、そういえば」
「ご飯どうしよっか」
「ウチ来てもなんもないよ」
「う〜ん、コンビニ行くか」
「やったぁ、プリン買って、ソラ」
さっきまで思い詰めていたのが嘘の様にミナがねだってきた。
かあちゃんよ、貰った五千円ミナの笑顔のために使わさせてもらいます。
俺達はご飯というより、主に夜のおやつを買っていた。もちろん、ジンジャーエールも……
ミナの家に着き、先にシャワーを浴びる事に。
水で洗ったとは言え、やっぱりちゃんと流しておきたい。
ミナからタオルを受け取り、浴室へ。
小さい頃にもお邪魔した事があり、その時もお風呂を借りたがあの時よりシャンプー等の種類が増えている。
個人個人で違うのだろうか。
俺はその中であまり高くなさそうなシャンプーを使う事にした。
途中、ミナが覗きにくるハプニングもあったが。
普通、逆じゃね。
先にされたら俺はできないじゃん。
シャワーを終えミナの部屋に入る。
部屋の中にいたミナはじっと窓の外を眺めていて、一瞬声を掛けるのをためらった。
「ど、どうした」
「シャワー終わったよ」
「あっ、終わった」
「やっぱ男子は早いねぇ」
何事も無かったように、俺と入れ違いに部屋を出ていく。
ミナの部屋に取り残される俺。
一階からはボイラーの音が響いてくる。
それにしても昔から変わらないな、ミナの部屋は。
女の子らしいものはほとんどなく、唯一ある巨大な熊のぬいぐるみが俺を監視するようにじっと視ている。
なんもしないよ……
することがない俺は絨毯の上に寝転がった。少し意識が無くなりそうなとこでいきなり。
「あ〜〜〜」
ミナの声が響いてくる。
そして勢いよく階段を上がってくる音が聞こえる。
足音は部屋の扉の前で止まった。
「ソラっ、今からわたしが良いって言うまで目を閉じててっ」
「どうした、ミナ」
「なんかあったのか」
「いいからっ」
どうやら従うしかないようだ。
「目を閉じたよ」
俺が合図を送る。
ゆっくりと部屋の扉が開く。
何かがこすれる音がする。タンスかな……
「もう目を開けていいかな」
結構、意識して目を閉じるのも疲れる。
「まだっっ」
はいはい。
「いいよ」やっとの事で暗闇から解放された俺は蛍光灯の明るさに目がやられる。
目の前には髪を拭いているミナがいる。
「なんかあったの、でかい声出したりして」
「着替え、持っていくのを忘れたの……」
う〜ん。
「まさか、俺の目の前で服を着てたの」
「う、うん」
その一言でお互い恥ずかしくなる。
それにしても、自分の素直さにはちょっと呆れる。
少しばかり目を開けても良かったのではないか、多少後悔している。
「さあ、プリン食べよう」
空気を変えるためにミナがおやつの提案をしてくる。いいけど、俺の分はないんだな。
ミナはプリンをちびちびと食べ、俺はジンジャーエールをオッサンの様に飲みながら俺はふと感じた疑問をぶつけてみる。
「どうして、今日は泊まっていって欲しかったの」
「そ、それはね」
「……ソラと一緒に寝たかった」
ミナがプリンを食べる手を止め、俺をじっと見ながら答える。
なんか、この答えで満足しろよみたいな威圧感があるな。
「わかったよ」
「そういう事にしておく」
物わかりの良い俺に満足したのか、残っていたプリンを一気に食べきる。ごちそうさまの代わりにプラスチックのスプーンが音をたてた。
あ〜、クリームが載ったそのプリン、俺も買えば良かった。
そのあと、俺らは洗面所で一緒に歯を磨いた。 もちろん俺は家から持ってきた自分ので。
なんか、本当にお泊まり会だな。
歯を磨き終り、時間は早いが寝る事に。どうせ寝れないだろとの考えだったが。
一つのベッドに俺達は向かい合って横になる。
俺は腕枕をして、ミナの重さを感じる。
ミナはちょっと丸くなり俺の目の前にはミナの額がある。
「ソラ、今日はありがとね」
上目づかいでミナが礼を言ってくる。
これは反則だろと、心の中で猛抗議してもミナの可愛さが変わる事はなかった。
「いや、別に」
俺は素っ気ない振りをする事で抵抗をする。
ミナが急に黙る。
もしかして寝たかな……
「ミナ、寝たかな」
反応がない。ただ寝ているようだ。
これは、良いよね。
誰かがいるわけでもないのに確認をとる。
神様、ここはキスをしても大丈夫だよね。
煩悩に寛容な神をたった今創造しひたすら崇める。
よし、神の許しも得た。
腕枕を崩さず、顔を近づける。
近くで見るミナの眼や唇、鎖骨なんかは美術品の様に美しく感じ、罪の意識を高めさせる。
でも、彼氏だし俺。
自分を奮い立たせるために、効果の小さい事実を述べる。
意を決して顔を近づけた瞬間……
「ソラ」
そう呟いた彼女の目からは宝石の様な涙が。
俺はキスを諦め空いている右手でミナを抱き寄せる。
起こさないように、ゆっくりと……
左腕が痺れる心配は、もうどうでも良くなっていた……
『灰色の空』に出てくるユリカ目線の物語、『桃色の百合』も合わせてお楽しみください。




