解答、知を以て暴を制す
陽光が燦々と降り注ぎ、陽炎が辺りを立ち込める。
轟音。苦し紛れに横に転げ避けた俺の背後の樹がチェイス・オックスによってへし折れる
餌場を執念深く守るその姿、よほどかの牛ににとってこの薬草が生命線に他ならない。
現に突進する際にも巧妙に薬草の群生地を避けてこちらに向かってきている。
「――――ありがたい情報だが…………焼け石に水かな?」
この荒野にはあまりにも遮蔽物がない。
ましてや目の前の牛は反動をほとんど受けずに樹への突進を躊躇わずに行ってきた。
完全な詰み…………とはまだ決まっていないが苦戦は必至だろう
牛はこちらに振り返り再び地面を抉るように蹴って駆け出す。
樹をいとも簡単に粉砕するパワーだ、盾を構えていてもひとたまりもないだろう
「――――やるしかないか。強化魔術にルルパ…………使えるもの全部使って」
ルルパは出番を察したのか覚悟を決めたようにこちらに猛突進する牛を見つめる。
「…………コンバットロジー・ポワ」
念じる。ペリカが言うには意識の切り替え程度にしかならないおまじない
しかし、俺にとっては詠唱にも等しい覚悟の決め方。
両脚の筋肉にマナを込める。
思い出せ、奴の餌食になった冒険者の死体に空いた大穴。
それは奴が基本的に攻撃の際に素直に真っ直ぐ突進すること、その事実を雄弁に語っていた。
――――なぜなら風穴から向こうの景色が見えるほどに綺麗に空いていたから
その推測された特徴があるからこそ一見蛮勇にも見えるこの所業が理性的な勇気へと変わる
前に向かって駆け跳ぶ。それが俺の取った選択だった。
互いに旧友に会うかの如く駆け寄る俺と牛。
しかしその実態は殺伐とした命のやり取りそのものだった。
近づく。もう目と鼻の距離へと近づいている。
呼吸を整え、手に軽くマナを込めてルルパに合図する。
血眼になり、血管を沸き立たせ、目の前の不届き物を貫かんとする牛の眉間。
そこにルルパを纏わせた俺の腕が支えるように添えられる。
両者の突進の勢い。跳躍。そしてルルパの強酸による牛の失明。
その全ての要因が重なり俺は牛の突進方向の反対側へ弾き飛ばされ、牛は突然の顔を焼く感覚で頭を大きく振って暴れていた。
着地して安心したのも束の間。牛は失明状態では得意の突進も有効打ではないと判断したのか大きく頭を振って角で薙ぎ払いにかかる。
怒りの咆哮。餌場を荒そうとするばかりか浅ましくも抵抗する者への威嚇。
俺は思わず足がすくむ。地面を揺らす叫びと突進を捨てた奴の予測不可能さに少し怖気る。
――――迷ってなどいられない。
それに動きが読めなくなったなら新たに再定義すればいい
「チェイス・オックス…………その名を冠している訳を探らせてもらおうか?」
仮にも複数人のパーティがこの牛の餌食になっている。
俺が仮にもパーティを組んでこいつと叩くのだと仮定するのなら…………魔術師や弓兵を守りながら遠距離で削るのが最善だろう。
――――しかし、俺が見た死体はまさに不意打ちと言っていいほどきれいな風穴だった。
そこから推測できるのは…………
「くっ…………こいつ!!視力を失っても位置が分かるのか?」
…………先ほどから妙に位置がバレている。隙をついてどこかしらを斬ろうにもそれをさせない勢いで的確に頭を振り上げて牽制してきている。
しゃがんでも、横っ飛びしても、後ろに引いても。
牛の追跡を逃れることが出来ない…………視界を潰したのに。
――――一番きれいな死体は魔術師だった。
被害状況は野営の時、そうでなければ杖があんな位置にはない。
夜間、魔術師から…………おおよその位置の判明、遠方からでも索敵…………
夜行性でもないのに?お世辞にも鼻が良いとは思えない。
反撃を一旦諦めて、避けることに専念して脚に魔力を込めたその時、
チェイス・オックスの角が飛ぶ前にいた地面を音を立てて抉る。
…………今ので確信した。こいつの異様な追跡力の正体は
「…………角だな?肝は」
俺は剣を鞘に納め、剣を持っていた腕にルルパを纏わせる。
こいつは今、明らかにマナの流れを追っていた。
こんな足元の狙いは、反撃を検討していた時にはされていない
先んじて強化魔術の準備をしていた足を狙った…………ということはこいつはマナを索敵している。
――――それだけではない。
岩を砕き、さらには鎧すらも貫通する突進。角にも何かしらの細工があるに他ならない。
「――――あの時妙だと思っていたが…………今は先に角からだな。」
強化魔術を使わずにギリギリのところで横っ飛びして奴の攻撃をかわす。
やはりこうなると奴も闇雲に頭を振るしかないようで先ほどの精密さは感じられない。
――――だったら
「自慢の角を折ってやるよ…………ついでに最後の謎解きにも付き合え…………よなっ!!」
左右に範囲を取って振ることしかできていない。それはある意味予想できる規則的な動き。
奴が角を振り切った瞬間。ルルパを纏わせた腕で角を掴み、間髪入れずに強化魔術で質量を上げた盾の縁で角を殴り飛ばす。
ルルパの強酸は悪名高き強酸で知られるアシッドヴァルチャー由来のものだ。
肉を溶かし、金属をも平然と溶かせる凶悪さは、過去の戦いで嫌と言うほどに体験している。
だからこそ――――容易に角は耐久性を失い――――ぺっきりと折れた
「――――おっと?中は意外と空洞なのか?」
牛は角を折られた激痛で悶え苦しむ。
角の中身は空洞。しかし、これは奴が首を振っても疲れを見せていないことの説明になっても、破壊力と索敵能力の説明にはなっていない気がするような…………?
しかし予測は正しかったのか、牛は明らかに俺の位置を追えなくなっている。
「…………もう片方も剪定してやる…………よっ!」
何だかかわいそうなくらいには牛が泣き叫んでいる。
しかしこれも自然界の摂理。命を奪ったのなら奪われる覚悟もしていただかないとな。
「しっかし、あの暴れ牛をどう仕留めたものか…………」
ムーン・サーペントの時もペリカの魔法の貫通力があるからこそ撃破できた。
しかし、今回に関してもそうだが、こういったがっしりとした筋肉に傷をつけるのは厳しいものがある。
表面を斬っても、ルルパで溶かそうにもいつかは奴の蹴りを食らわされかねない。
強化魔術を使っても先に剣が折れてしまいそうだ…………。
「なぜあの角の構造で岩を、鎧を貫ける?」
痛みでタップダンスするチェイス・オックスをよそに考えに耽る。
構造に何か要因があるとしか考えられない…………が
――――そういえば奴は目の前の獲物よりもバロバオの樹液に固執していたな
「…………ためしてみるか」
およそ先ほどまで命のやり取りをしていたとは思えない軽やかな足取りでバロバオの樹へと向かう
その紫紺の樹液…………あの時はチェイス・オックスが目の前にいてそれどころではなくて観察できなかったが
「マナを感じる…………しかもペリカが言っていた色ってこういうものなのか?」
俺やルルパに流れるマナと手に持っているチェイス・オックスの角や樹液の魔力とでは感じるマナに明確な差がある。
…………つまり、魔力の性質が違う。ルルパが俺のマナで問題なく息を吹き返せたということは俺の魔力は純粋寄り。
となるとこの樹液には何らかの傾向があるマナということになるが?
「…………試しに剣に塗ってみるか」
少なくとも奴の角に塗られていたということは角が負ける前に壊せる破壊力を付与するものか…………耐久性の向上のどちらか。
しかし、ルルパの強酸で脆くしたとはいえ耐久性が上がっているならば柔らかすぎる
となると必然的に…………
樹液を塗った剣が微かに震える…………震え続けている。
マナを帯びた剣は俺の意志とは別に振動している。
「――――振動を付与するマナ。結果は前者か」
角が空洞なのは音波による探知のため、そしてその音波を発生させる振動は同時に破壊力を与えた。
答え合わせが済んで満足した俺は。更なるご褒美を得るためにチェイス・オックスに歩み寄る。
「――――今晩のメインディッシュはお前だ。マナの豊富なお前の肉はさぞかしルルパも喜ぶだろうさ」
好奇心と静かな怒り――――奴の肉を食らうことでせめてもの弔いにすることにしよう――――




