出立
わずかに3週間、それから目まぐるしく準備は進み、俺たちの隊の出立と相成った。
大軍での移動はより大きな危険を伴うため6つほどの隊に分割されたうちの5番目の隊だ。要の部隊になるということで、マミーのアスクやシュウたち評定衆もここに加わっていた。
そういえば気になって聞いたところ、捕虜にしていた勇者はこの前の混乱に乗じて逃げたとのことだった。連れまわすにしてもコストがかかるのだから、よかったにはよかったのだろうか。
「目標はここからさらに西にある、湖沼地帯の集落だ。それなりに大きいから、オレ達が行っても問題はないだろうと許可が出た。……魔公を担げるっていう損得勘定もあるんだろうけどな」
それからルートの確認に入る。いくつかの注意すべきポイントを説明されたが、そのなかでもとりわけ強調されたのが、進行方向に横たわる大河の存在だった。迂回すると人間の街が増えて危険がふえるし、しかしいくつかかかっている橋では待ち伏せをされるかもしれないということだった。その前の地点で合流し、一気に抜ける……。そのように説明された。
6つ目の隊と、拠点に残留するといった人々(さすがに彼らを無理やり動員することはできかねた)の見送りに与りながら、俺たちはアジトを後にする。寂寥感がわずかによぎったが、それはきっとほかの魔族のほうがそうだろう。
「……静かですね」
「ああ、妙にな」
こうしてみると、やはり来た時に比べて、森の活力のようなものが失われているように感じた。なにより魔物の気配が、あれほど威圧的だったのが一切しない。なにか不思議で、不気味な感覚だった。
森を伝っての行軍は、隠密性こそ高いものの馬車などを使えないため労力もまたかかる。魔法は万能のようにも見えるが、物資を運搬するにあたって便利な魔法というのは少なくとも俺は見たことがなかったし、隊中でも見受けられなかった。こまめに休憩を取り、キャンプを作ったりして疲労の回復や士気の維持に努めているが、それもいつまでもつかわからない。
数日たったあるとき、隊全体に敵襲の報が伝わった。俺も身構える。意外というより、もうなのかという思いが強い。
あっという間に戦火は広がっていく。敵の総数を俺が認識するすべはなかったが、人間の各個の能力は臨戦態勢である魔族の足元にも及ばない。魔法で、肉弾戦で、彼らは向かってきては散っていった。
「見つけたぞ、勇者!」
「チーターよ覚悟しろ!」
目を見張った。ここまで到達して俺に切りかかってきた彼らのひとりに返す刀で斬撃を見舞うと、後ろから飛んできた水流の蛇がもう一人をのみこんだ。
「……どうやら、敵の目的はオレだけじゃないみてーだな」
「らしいですね。僕を率先して切りかかってくるなんて」
それに彼らは、俺がチートを使うことを知っていたし、それゆえに俺を殺そうとしているようにも見えた。どういうことか。人間の目的は魔族の征服ではないのか。
「まあいい、増援に向かうぞ!」
「あ、はい!」
肩で息をする俺に、エルはねぎらいの言葉をかけた。
「はい、疲れましたよ本当に……。これが続くなら、結構キツいですね」
「そう簡単に音を上げるんじゃねーよ。……とはいえ、こんなに大規模な敵襲があったということは」
「ええ、ばれているんでしょうね、おそらくは」
エルが舌打ちしたのを聞いた。そうなると、進路を大幅に変える必要すら出てくる。いや、それでもなお、動向は筒抜けかもしれないと思うと、彼女が悩むのもわかる気がしてくる。
「【千里眼】のギフトか」
そう独り言つエル。なるほど、厄介な能力だと思った。逃げられてよかったなんてことは一切なかったようである。
「とりあえずこれからの進展について会議がもうすぐあるから、オレはそっちに行く」
「ああ、はい。頑張ってください」
月並みの言葉を返して、エルが去った後に俺はひとつ息を吐いた。
チート……。まあチートというくらいなんだからズルであるに違いはないが、俺が望んで手に入ったものでもないのにそれを貶されるのも、どこか腹立たしさがあった。チートを持っていることは確かにたまたまだが、それを使って、この世界に元からいる人たちとの差を詰めようとしていることをチーターとして言われるのは、気分のいいものではない。
……チート、ね。
そういえば戦闘中にレベルアップの感覚があった。時間があるし、確認してみるのもいいかもしれない。
そう思い、俺はステータスを開いた。
【ザ・世界】チート。俺に賦与された6つ目のチートはそれだった。




