未来決定
普段通りに部屋にやってきた彼女の、晴れやかな表情を目にして俺も思わず顔をほころばせた。
「どうでしたか?」
珍しく俺のほうから発信された質問は、跳ね返るのを予測しながら壁にボールを投げるようになされた。
「シュウのやつが折れた。ほとんど全会一致で、打って出ることになったぞ」
「おお!」
若干大げさにそう返答する。無論、ようやく第一関門を突破したにすぎなかったが、それでも感慨は一入であった。
ほっと胸をなでおろしていると、エルの成し遂げたコトの大きさを再確認させられる。魔族の――少なくともこの拠点にいる魔族全体の運命が、いま決まったのである。その決定に間接的ながら寄与したということに、否が応でも気がついた。
「つってもまあ、具体的な方針案はまだ固まってねーんだけどな。打って出たにしたって、救援のアテがなきゃあどうしようもねーし……。その辺はこれから詰めてく」
「まあ、そうですよね」
少なくともこれから、ここよりももっと人里――人間の住んでいるところから離れたところに行かなければならないのは確かだ。そのあと、俺自身はどうするのか……。それは今考える必要はあるまい。
「オレはこれから忙しくなる……。あー、ツヴァイは、やることがないかもしんねーけど」
「はは、そうですね」
内政事情に疎い俺には、やろうとしてもできないことばかりだろう。足を引っ張るだけならまだマシなほうだ。このまえのことは、どう転んだのか結果としてこちらの希望するように運んだが、さすがにもう懲りたと思いたい。
やることがないとは言えど、身体能力の維持・向上や魔法の技能習得、持っているチートについての考察等もあるので暇を持て余すほどではないのが救いだろうか。
「あっ、そういえば……」
「どうした?」
「ああいえ、ええと、なんでもないです」
「……あー、『エルピス君』のことか」
エルの察しのよさに思わず俺は瞠目した。しかし、会議でも当然話題に上がったのだろうから、俺に訊かれるのも織り込み済みだったことだろう。
「あれは結局放棄することになった。……あれの起動を待ってるようだったら、その前にここは滅ぼされちまうだろうって考えだ」
「……でもあれは、魔族の希望、なんですよね」
「ああ。そこで、少し手を加えることになった。従来ではあれのすぐそばでしか魔力を受け取れなかったのを、その場で魔力を受け取ることができるようにな。簡単な改変だからあまり日数をかけずにできるっつってたぞ」
そうすると、やはりエルが魔王になる未来を排除しきれたわけではないようだ。無論、危険を排除できたなら魔王になる必要すら失われるのだろうが、そううまくいくのだろうか?
「……それについては、はっきりとは言えねーな。ただ、エルピス君が破壊されるなんてことはあり得ない。あれだけの膨大な魔力を持ってるのに、下手に手をつけようもんなら一発でドカンだな」
「それを改造するなんて、技師の方はすごいですね」
「ん? あー、まあ、本来ついてたサーチ範囲の制限を外すだけっつってたからな。従来では魔法陣の中で死んだ、魔王になる素質のあるやつに魔力を送るっつー機構だって言ってたはずだから、その改造をすれば、オレが世界中どこで死んでも魔王になるっつーことになるらしい。詳しいことはわからねーけどな」
「……はあ」
肝が据わっているな、という感想を持った。俺だったなら、自分が死んだ上にその死体を利用されることを、こんなに平然と言えるだろうか。いや、そういうポーズをとっているだけで、内心はただならないのかもしれない。俺はすこし強引に話を切り上げた。
……しかし、人間にとっても恐るべきタイムリミットだろう。四か月! わずかそれだけしか、時間の猶予がないのだ。それを切り抜けられてしまえば、人間の側にも決して小さくない損害が出る。
俺はそれを望んでいるのだろうか? 死んだエルが魔王として、人間を蹂躙することを望んでいるのか? 否、それは違うはずだ。しかし、その未来を回避するための方策を微塵も思い浮かべることができなかった。結局、「最悪の場合は」なんて言ってその可能性を残していなければならない。自分の無力さに辟易しそうだった。
「ま、心配しないでくれ。うまくやってやるから」
俺は決して純粋ではない気持ちで、それに同調した。




