情夫
廊下に出た俺は、周囲を軽く見まわした。そして廊下を歩く侍従を捕まえると、エルが向かった場所を聞き出す。そしてもののついでに、もう一つだけ質問をして、礼を言ってから立ち去った。
給仕や雑多の装飾物の間を走り抜けていくと、一人の人物の後ろ姿を目にした。それはエルから聞いたとおり、非常に筋肉質で肩幅が広く、見間違えることはなかった。その男、評定衆でもとくに影響力の強いシュウの居場所を、さっき質問したのだ。
すこし、足がすくんだ。しかしそれをよそに、手に持った剣を汗が出るほど握って早歩きでシュウの前に回り、周囲の制止をよそに彼の前にひざまづくと、持っていた剣を両手をして献げた。
「……小僧、なんのつもりだ?」
「こ、このたびは、今回の会議におきまして、その、協力……、ええと、積極的に打って出る策を支持していただけるよう、協力を仰ぎにまいりました次第で……」
事前に用意したにしてもつたなすぎると自覚できるような文章だった。さながら王のようなカリスマ性に気圧されて、焦点すら合わせられず、震えあがっていた。
「……つまらん、つまみ出せ」
「待ってください! 僕がわからないんですか」
「魔公様にこびへつらう情夫だろう? 知っているさ」
情夫、情夫だって! 嘲弄するように、シュウはそう言った。そのように言われれば、ぽっと出でエルと接近する俺は確かにそのように取られてもおかしくない。しかし、俺だけならまだしも、エルを「情夫の言に左右される安い人間」であるように言われるのは、非常に癪であった。
彼の忠義の対象は、やはりエルではないのだ。軽蔑する態度は駄犬が吠えていると言いたげであり、そして事実、傀儡として何の実効的な権限も持たないエルを、心の底から何とも思っていないのだろう。
怒りがわいてきた。しかし一方で、俺がここでさらに悪い手を打てばエルの立場を危ぶめることも弁えてはいた。ならば、はじめから行動しなければよかったのだが、ただ自分にあたっている客間で時間を潰すのは、俺にはできないことだったから。
「献上品は貰っていくぜ」と取り巻きの一人に呪剣を取り上げられる。手を伸ばしそうになるのを、すんででこらえた。俺がすべきは、それを取り返すことではない。それではなにか。俺は立ち去ろうとするシュウに向かって頭を下げ、平伏の状態で、懇願の言葉を投げた。何度も投げた。そしてその足音が遠くなり、ついに角を曲がっても俺は懇願し続けた。悔しさから涙が流れていた。実情とは……、エルの直面する実情とは、こんなにも過酷なものだったのかと。それを肌で感じ、それを知った風に外野から適当なことを言っていた自分のふるまいを悔いた。
……シュウが去ってしまい、これ以上ここにいても仕方がなくなってしまったので、俺は肩を落としたまま、俺のいるべきだったところへと帰った。余計なことなんて、やはりするものではなかった。勇気はいつも俺の前に道を作るが、行先が正しいとは限らない。呪剣について、エルになんと言い訳をしよう。こんなことなら、一切を彼女に任せておくべきだったのではないか。そんな考えが頭の中をぐるぐると廻り、気づくとドアに背を向けて壁を見やりながらベッドに転んでいた。
ノックの音がした。俺はそちらを一瞥したあとに、なにやら入室を促す声をあげて座りなおした。入ってきた影は、やはりというべきか……、想像通りで、俺はいま一度姿勢を直す。
「……すみません」
それが真っ先に出た言葉だったし、それは俺の心情を表現しつくしていた。エルのほうを見やると彼女は何かを持っていて、それが呪剣であると気づいたとき、俺は再び謝罪の言葉をつぶやいた。
「……シュウのやつが直接渡してきた。ツヴァイのものなんだから、ちゃんと持ってろ」
俺はそのままに受け取ると、胸腔を情けなさが埋めていくような気がして喉をひとつ鳴らした。伏し目がちに眺めたその剣はやはりどこか禍々しく、自分の手になじむ。
「今日の会議でも結局、方針は固まんなかった」
……まあ、そうだろう。そう都合よく事が運ぶはずもない。ため息をつきそうになったが、エルのほうがよほどそうだと思いなおして飲み込んだ。
エルが俺の隣に座る。いつもながらに、距離感が近すぎやしまいか。これだから、――いや、エルがこれでいいならこれでいいのだろう。
「……ありがとな」
「な、なんですか、藪から棒に」
「シュウのやつが、あいつが言ってたよ。……オレに、人を見る目があるってな」
「……。」
返答に窮した。それがどんな意味があるのかを理解してしまい、すこし小恥ずかしくなってしまったからだろう。
「本当に、オレには過ぎた勇者だな」
「そ、そんなことはないです」
「謙遜のしすぎだ」
彼女はそう言ったが、決してそれは謙遜なんかではなかった。……エルに、彼女なりの人望がなければ、俺は彼女についてここまで来てはいなかったのだから。




