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内通者

 エルの奮戦もあり、魔族は勢いを取り戻して今度は人間を押し始めた。

 ついに敵を潰走させるに至り、ほっと一息つく。


「もう、ここは駄目だな」

「――そうでしょうか、復興ならいくらでも」

「ああ、できるだろ。でももうここが敵に割れちまったからな……。次に来たときも、押し返せるとは限らない」


 確かに、先程の軍には、聞いていたようなアンや『生物兵器』は見当たらなかった。

 ――あるいはいたのかもしれないが、アンならば魔族にやられるなんてことはないだろう。確証を持って言える。


 とにかく、敵はこれからさらに戦力を増していくに違いない。そうなれば守りとなるこちらに不利になる。

 となれば一刻も早くここを離れるべきだ。これからの戦いも熾烈になるだろうし、もともと少数精鋭のゲリラ戦を得意とする魔族にとって、ここ残ることによるメリットは――、いや、ひとつだけあった。

 俺は城の方角に首を向けた。


「あと四か月……、でしたっけ。それまで持ちこたえれば、あるいは」

「……いや、難しいな。今回ですらこっちの損害が大きいのに、これ以上となると本当に守り切れなくなる」

「そうですか……」


 つい先ほど、『エルピス君4号』には頼らない、という話をしたのについ名残惜しくなって、話題にあげてしまった。頼らないものを守っても仕方ないはずなのだが、やはり俺の中でどこか、それを頼りの綱にしている部分があった。


「……ま、つってもオレが決められるわけじゃないんだけどな」

「ええと、まあ……」


 エルは、魔王の血筋としてトップに戴かれこそするが、事実上の発言権はその下の連中に依属されている。もしエルがここを放棄するつもりでも、『配下』たちが反対すれば彼女は不本意にもそれに従い、倒れても生き延びても死、という道を歩まねばならなくなるだろう。


「エルピス君の開発に携わったやつらは、特にここを離れたがらないだろ」

「ええ、おそらくは」


 それだけじゃない。この土地になんらかの愛着がある人々は、もしかしたら意地でも離れたがらないかもしれない。一応、ここは魔族が世界の再征服を果たすための仮拠点という位置付けになっているそうだが、何年も――あるいは何十年も、ここに住まうようでは愛着も湧くというものだろう。

 残ったとしても駆逐されるだけだが……、それでも動きたがらない人だって多いはずだ。それは、よそ者である俺には口を出せないことである。


「――待てよ、そもそも、そんなに長く住みつけていたというのに、どうして今更になってここが暴かれるようなことになったんだ?」


 いくらエルピス君が魔力を発しているとはいえ、航空技術も発達していないこの世界の人間がここを見つけられるとは考えにくかった。まさかこんな森の奥まで調査隊を派遣したりなどしないだろう。

 仮に探し当てていたとしても、ここの外は魔物の跋扈する秘境で、生半可には攻めてこられないはずである。


「考えたくねーけど」


 エルはそう前置きして言った。


「……魔族の中に内通者がいると考えれば、辻褄があうと思うんだ」

「確かに、それなら」


 それなら、俺がここに来たように顔パスで素通りできるかもしれない。

 とはいえ、内通者だと決めてかかるのも違う気がする。奴隷や捕虜として魔族がいたという可能性も否めないからだ。


「それはないな。オレらを支配するとき、人間は魔力を制限する装置をつけるんだ。でも、それだと魔物(ヤツら)に魔族の存在を知らしめることができないから、襲われる可能性が十全にある」

「それを使わない方法――洗脳だとか、そんな可能性も否定できませんがね……」

「とにかく、敵は人間だけじゃないってことだ。……疑いたくないけど、ツヴァイがそうでないとも断言できない」


 ……心外である。


「冗談だ。オレは信じてるよ、名前も知らねー(・・・・・・・)、テメーのことをな」

「――、ありがとう、ございます」


 彼女がそう言うのはわざとだろうか。

 ――昔の平安貴族がそうであったように、他者に真名を教えることを忌む文化圏の出身者である、と。そう言ってもいいかと思った。自分で示唆したのだからそれ――『ツヴァイ』が偽名であることは言うまでもないのだが、それでも言ってしまうのは憚られる。


 少女は俺に背を向けた。城に戻り、事後処理をするつもりなのだろう。


「――あの」


 声をかけた。振り向きざまに打ち込まれるその眼差しに、俺は言葉に詰まる。

 その目は人間のそれとは違うのだが、あからさまに期待の色を見ることができる。俺も彼女の歳を知らないのだが、少なくとも今の彼女は外見相応のそれのように見られる。


「……僕は」


 瞬間、俺の脳裏に眼裏に様々な光景がよぎった。地球でのそれ、この世界でのそれ。人間とのそれ、魔族とのそれ。それらで見てきた様々な表情、そして、笑顔。

 最後に、アンの笑顔が思い浮かんだ。

 それが、俺に躊躇をさせた。


「僕の名前は、ツヴァイ(・・・・)、です……。間違えないで下さい」


 泳ぐ視界の端に、エルの表情が映った。

 俺はその顔の陰りから目をそらしつつ、一瞬だけ眉間にしわを寄せた。

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