百人力
剣?
さすがの俺といえど、この程度の因果関係を理解できないほど能がないわけではない。しかし、いくら異世界でもその摂理に反したようなことがこうも起こってしまうと、自分の目を疑わずにはいられなかった。
「これは、呪いでしょうか」
「だな」
あの黒くて赤い光には見覚えがあった。忘れるはずもない、今日のように後悔した日の話だ。
「だいたい、呪いの代償としてあの剣を手に入れた、ってとこか」
「そうですね、発動条件は一定時間手放す、あるいは人の手に渡る、というところか……」
アンの呪いも、あのように起こるものなのだろうか。背筋が凍るように寒くなり、俺は考えることをやめた。
「呪いってのは強大だからな、力におぼれりゃこうなるってことだろ」
「……恐ろしいです」
鋼鉄化チートがどれほどのものなのかは検証が十分ではないので知らないが、それに下手すれば匹敵するかもしれない能力であった。呪いは強大。決して他人ごとではなく、もしかしたら今まで頼りきりにしてきた絶対落とし穴といったチートも破られる危険があるのだから恐ろしいものだ。
呪いというものに戦慄しつつも、俺は困ったように手に持ってしまった剣を見やった。敵だったとはいえ、人がこうして存在を消されてしまうということに感じるものはある。
「その剣は、テメーが使えばいい」
「……いいんでしょうか、僕が」
「どうせ『使う』つもりだったんだろ、変わらねーじゃねーか」
そう快活に笑う。やはり下心は見透かされていたようだ。そう言われてしまうと俺も何も言い返せなくなる。後ろめたさだなんて、もう言っても仕方のないことだろう。
「折れたんだろ、剣。見りゃあわかるよ」
「じゃあその、遠慮なく……」
一体誰に対する遠慮なくなのか。さっきから思考がうまくまとまっていない気がする。
とりあえず、試しに鞘から抜いて振ってみた。……軽い。
なるほど手に馴染む、いい業物のようである。 これが、普通に市場に出たとしたら俺の手には届かない値段がつけられるだろう。これをどこの誰ともわからない人に、大金を叩かれて買われるのはどこか癪だった。
――貧乏性なのかそうでないのか、なんて、そんなことはわからない。もらわなければ損、というより、もらわなければならないような使命感を感じていた。もちろん、すべて独りよがりなのだろうが。しいて言うなら、よくわからない相手にわたるよりはマシだろう、という俺なりの敵への情けのつもりである。
「……ありがたく」
自分へのけじめとして、の側面が強いだろう。カタラの、残された服に向かって日本式の合掌をしながらそうつぶやく。エルは、俺のする元の世界ならではの習わしを興味深そうに見ていたが、それについて詳しく聞こうとはしないでくれた。
「――エルは、城に戻る気は無いですよね」
「当たりまえだ。オレだけ守られるってのは、……本当は違うと思うけど、でも納得がいかねーんだ。みんな戦ってんのに……。わがままなのはわかってるけどさ」
「……わかりました。じゃあ僕から離れないでください。万が一のためです」
万が一俺が襲われたときに助けてほしいから、という下心もあるが、それ以上にエルを一人にするのが心から心配だった。
「わかったよ、オレがテメーを守ってやるから」
「はは、お願いします」
茶化すようにそう言った。軽口のようなものだ。こうして言えるのは人生で何人目だろうか、と考える。
「――オレのこと、守ってくれるお返しだ」
「えっと、いまなんと」
「あー! なんでもないから!」
思索にふけっていたせいで聞き逃してしまった。エルには申し訳なさでいっぱいになる。こういうところがだめなのだ。
「オレができないことを、テメーはできるってことだよ……」
自己嫌悪に陥っていた俺に、照れ気味の、荒削りの鈴のような声が届いた。
「それは……」
「あーっ、もう、察しだけは悪い! 困ったらオレを頼れって言ってんだ! ……その、さっきの、なんていうかすごく救われたから」
「ですが」
「いいから、持ちつ持たれつ、それでいいだろ!」
怒鳴り気味に言っていたが、彼女の顔は対して晴れやかだった。俺が彼女にできることなんて、せいぜいが歯の浮くような甘言を吐くことくらいだろうに。それでも、いいのだろうか。
「しつこい男は嫌われるぞ」
「……そうですね」
エル自身に注意されてしまったので、俺はその思考をストップした。彼女がそれでいいと言っているのだから、それでいいのだろう。
「んなことより! ……もっと前線に出るぞ。オレとテメーさえいれば百人力だからよ!」
俺はそれに言葉では答えず、背を向けたエルに対する態度で示す。
彼女の言う俺の強さはわからない。つい今しがたへし折られたばかりだからだ。
――でも。
俺は少し、地を蹴る力を強めて前に駆け出した。




