呪剣
「なんでこんなところにいるんですか!」
俺が言えた話ではないことは承知の上だが、それでもそう言わざるを得なかった。
人間の目的が魔王の討伐だと仮定すれば、エルの首をとればそれは完遂されてしまうだろう。それだけは避けなければ魔族の勝ち目も失われてしまうに違いないのに、どうしてわざわざ自身が前線まで出てきてしまうのか。
「うるさい、それは後だ!」
そう言いもう一度先ほどと同じ【アクアサーペント】を打つエルだったが、対してカタラは縮地のような足さばきで肉薄しながら迎撃し、剣を振るった。
――響く金属音。俺が、なんとか体を動かして、鋼鉄化した爪ではじいたのだ。
「一応、僕もいるんですよ」
退かない。退いてなるものか。
「鬱陶しい!」
鞘から出した斬馬刀が逆手に振り上げられる。さすがの斬馬刀といえど俺の鋼鉄の爪を折ることはなかったが、衝撃が直に指に響いて骨が折れそうだ。ひょっとしたらすでに折れているかもしれない。とにかく、体勢を崩された。斬馬刀と呪剣の二刀流を成立させる驚異の膂力に驚きながらも、その呪剣の剣先が風を切り確実にエルに向かっているのを俺は目で追うことしかできなかった。
エルは、剣をただ見ていたようにみえた。少なくとも俺の目にはそう映った。
エルの内部では、俺にも認識できないような緻密な魔力が動いていたのだろう。
「【ナーガパーシャ】」
かッと見開かれる双眸。その瞳に刻まれた魔法陣が魔力的に回転し光を放つと、そこから水の蛇が現れた。それはするりするりと剣の傍を通り抜けて行くと、カタラの肩に絡まりついて剣の動きを止める。
「うっ……やるじゃない……、くぁあっ!」
蛇はエルの思うがままにカタラの体を縛り付け、関節を極める。そのたびに口から、そして骨から痛ましい悲鳴が聞こえてくる。早々に斬馬刀を取り落とし、もう片手に必死に持つ呪剣でなんとか攻撃を加えようとするが、さすがの女剣士も肩が外れるほどの強い締め付けに動けずにいる。
「あっ!」
しがみつくようになんとか手に持っていた呪剣ですら取り落としてしまう。これまでにない必死の形相でそれを拾い上げようと体をもがかせるが、させじと蛇はその尻尾でそれを跳ね上げた。
ちょうどこちらに飛んで来るそれをキャッチする。
「か……、返せよ! たのっ……、返してくれ!」
懇願するように泣きつこうが、敵に情けをかけるつもりはない。
なかなかのいい業物だ。呪剣、なんていかにも曰く付きな品だがそうでなければほしかったかもしれない。
まるでおもちゃを取り上げられた子供のように、なりふり構わず「返せ!」と叫ぶカタラ。よほどの思い出が詰まっているのか――、知らないが、とにかく返すつもりなど毛頭ない。
「お願いだ……、します……、返して! 奴隷にしてくれても、か、まわない!」
すさまじい剣幕で俺に言う。若干心が揺れてしまい、エルのほうを見ると彼女も意を察してくれたようで蛇の締め付けを弱くした。彼女には申し訳ないが、戦力が増えるならそれが最もいいだろう。そんな言い訳がましいことを考える。
「早く……、剣を返してくれ!」
「そう言って、剣を持った途端に俺に刃を向けるんですよね」
「そんなことはしない! このAランクの冒険者としての誇りに誓ってだ!」
そうは言われても、信用できないものは信用できない。俺が似たようなことを言ったとしたら、二心持っていることを隠すためである可能性が高いだろう。それなのに彼女にわざわざ律儀に剣を返してやるのはおかしな話だ。
「隷属の契約をしてからだな」
「そ、そこをなんとか、早く!」
あまりに焦燥の表情で急かすものだから、渡してしまってもいいか、などと考えたが、これを渡そうものならまさに鬼に金棒であり、そうなればエルに余計な魔力を使わせてしまうかもしれない。うかつには判断できなかった。
彼女の息が乱れているのがわかる。恐怖症の人がそうなったときの息遣いだ。
「助けて……、おねがい……」
さすがの俺も、そうまで言われてしまうと割り切ることはできなかった。耐えられなくなり俺はエルに意見を求めることなく、彼女に剣を差し出そうと歩き出そうとしていた。
その時だった。黒色をした赤の閃光がまばゆく光ったと思うと、俺の目を覆う。
残像が消えてから目を開くと、カタラの全身からは先ほどと同じような気味の悪い光をまとった腕が何本も何本も生えていた。それはイソギンチャクのように蠢く。
呪いの光だ。解呪できる人は近くにいるか――、そうだ。アスクさんならもしかしたら。
「ダメ。――もう手遅れだ」
蠢く腕は数を増やしながら彼女を覆い隠していく。
唐突に、伸びをするようにすべての腕の肘関節が伸ばされる。すると、一思いにそのすべてがその宿主であるカタラを押しつぶすように襲い掛かった。
「あ……、かえして……」
彼女はそう言い残し、手をこちらに伸ばしたまま呪いの腕に包まれていった。
断末魔すら聞こえぬ壮絶な光景。彼女自身の力なんて霞んで見えるほどに強烈に、呪いの腕は彼女の肉体を押しつぶす。
しばらく、それを俺は茫然と見ていた。
そして、その腕がだんだんと減り、最後にはなくなると支えを失ったそれは床に倒れた。それと同時に、呪剣もまるで灰が崩れるようにその形を失い消えてしまった。
どうみても、そこにはカタラの面影はなかった。
俺はエルと顔を見合わせる。
残っていたのは服のみである。血一つついていないそれを不気味に思い、俺はそれをもう少し見てみたいと思った。
カタラの来ていた服、そして7本あった鞘はそのままであった。中身だけがすっかり消え失せてしまっている。
俺は気になって、襟からその中を覗いてみた。
ほのかに温かさと匂いの残るそれに手を突っ込むと、下着とも違う固い感触に出会った。
取り出してみた。するとそれは、彼女とは似ても似つかぬ一振りの剣であった。




