ハッタリ
俺と敵の剣士、カタラとの間に微妙な空気が流れる。
さすがにこれ以上は危険だろう。相手の呪剣を弾き返し、その隙間に身体を滑らせると背水の陣からなんとか脱した。
なんとか渡り合える程度の武器は手にしたが、爪で相手を切り裂くなんてできないし、まして相手が持つのはこの鈍重な爪状の鋼鉄の塊ではなくとても軽い業物である。武器からも、そしてその技量からも俺の方が大いに劣っていることがわかる。
ほぼ無限に出せる鋼鉄で相手の剣を折ってしまうのが手取り早いだろうか。【絶対落とし穴】なんて使おうものなら俺はこの戦闘には仮に勝ててもそれ以上の参戦はできなくなるし、そういった点から使えるチートや魔法にはいくつかの制限がある。
試しに、回避の合間に水魔法で微量ながら硫酸を打ち出してみたが、それは一閃切り裂かれ、彼女にかかることも剣にダメージを与えることもなかった。小賢しい真似は無駄だということだろうか。もどかしい。
長期戦になればなるだけ、付け焼き刃の技術と能力である俺が不利なのは自明だ。速攻でけりをつける方策を考えねばならないだろう。
くそ、猛攻を避けるだけで思考がさっぱりまとまらない。なんとか渡り合ってこそいるが、それはきっと俺のように自らの爪で戦う相手と戦いなれていないからであり、じきにそのアドバンテージも失われてしまうに違いない。
石礫を左手で投げつけて距離を取ろうとしたが、それはすぐさま切り刻まれて意味がなかった。自ら体勢を崩したことが仇となり、逆に一気に距離を詰められてしまった。再び、爪を延ばして応ずるが実にジリ貧である。
「もう奇策は終わり? 所詮その程度か……」
俺は何も返すことができなかった。その通りだったからだ。
ここにきてようやく思い知る。今まで、敵と相まみえてきたときは常にそこに仲間がいたのだ。仲間のサポートがあってようやく、俺は”奇策”を講じていたのだ。
「何か気づいたようだけど……。もう遅いよ!」
まったくその通りだ。俺が今更どうしたところで、彼女の攻撃に耐えられそうにないのである。諦めていた? そう、諦めていたのだ。
大きく振りかぶってはじくと、その隙間を縫うように、まるではじかれることを想定していたような動きで俺にすぐさま剣が迫る。俺はその動きをやけにはっきりと目で追いながら、しかし慣性で動かすことのできない腕に焦りのようなものを感じる。
万が一の時には全身を鋼鉄化すればいいのだ。そう思ったが、しかしそれでは一日中行動不能になってしまう。おまけに以前にアンに怒られたように、心配をかけてしまうかもしれない。いずれにせよ、そういう逃げ道があることが俺に危機感を持たせていなかった。
それが、俺の頬をあげたのかもしれない。
カタラの剣は俺を貫くことなく、また、俺が鋼鉄になることもなく、まるで空間を切り取ったかのようにぴたり、と互いが静止する。
――寸止め。どうやら窮地を脱したらしい。
「あれ、攻撃しないんですか?」
わざとらしいハッタリ。俺がまだ手を残している、という示唆だ。彼女にとって俺は何をするかわからない。その不安が彼女の剣を止めたのだろう。
ギャンブルだ。それも俺に分が悪く、みっともないようなそれである。
しかし、成功は成功だ。俺はへたり込みそうな腰に喝を入れながら、彼女から目をそらさぬよう、そして少しでも余裕を見せるようふるまう。
「……くだらないね」
そうとだけ言い残すと彼女は剣を鞘に納めた。
冷めたその目は、俺など取るに足らぬ相手であると、そう言っている。俺は精一杯の虚勢で、それを煽るように笑いかけた。
彼女はそのまま後ろを向く。背を向けたところで俺くらいならあしらえる、という自信の発露のようで腹立たしい。
しかし俺はそれに反論することもできない。何せ、その通りなのだから。
直視できずにいた、俺が弱いという事実をたたきつけられているような気がした。卑怯な手段ばかり使って、強くなったように思いこんでいる自分が、本当にみっともなく思えた。
震える足を抑えきれずにへたり込むと、気張って抱え込んでいた何かが抜けるような脱力感に襲われる。
笑いが自嘲に変わる。――その刹那、俺の頭上をかすめるように魔法が飛んだ。
俺はその動きを目で追うと、その細長い軌道はまっしぐらに、放り投げた剣を拾おうとするカタラに向かっていく。彼女は咄嗟に、拾いかけていた盾剣で防ぐ。
巻き上がったのは水蒸気。それが煙のように視界を遮り、それが晴れると盾剣は何者かに抉り取られたように、いや、かじり取られたかのように大穴が開けられていた。
呆然としていた俺は体を捻ってその魔法の出所を探る。
いた。すぐそこだ。
「エル! なんでこんなところにいるんですか!」
驚いたことに――、いや驚きよりも呆れてしまうが、そこに立っていたのは敵の狙いであろう、総大将たる少女であった。




