狼煙
エルは仮面を外すと、涙をぬぐいながら俺に渡してきた。俺にくれるのだそうなので、ありがたくもらっておこう。これだけで余計な面倒ごとに巻き込まれるリスクがぐっと減るからだ。
そうしてひとしきり感情を共有した俺とエルは、どちらからともなく向き直って話し始めた。
「今後の予定はどうなっているんだ?」
「とりあえずまあ、エルピス君に十分な魔力が集まるまでの4ヶ月は雌伏の時ってやつだな。周りの魔族に根回しをしつつ、バカが先走ったことをしないように調節するのが優先だ」
「わかった」
4ヶ月後……。何か引っかかったような気がするが、忘れてしまった。
今大事なことは彼女に力を貸すことだ。それだけに一所懸命になればいい。
「それまでに、テメーもここで迎え入れられてりゃいいな」
「そうだな、その通りだ」
口では彼女に同意したが、今から人間の迫害に対する反撃の狼煙をあげようというのに、人間が迎え入れられてしまってしまってもいいのか、意思が鈍ってしまうのではないかという懸念が脳裏をよぎった。残念だが、外に出るのは必要最低限にして、その時も仮面をつけるよう心がけよう。この間はついうっかり外したままでいてしまったが、本来ならこの仮面の効果は絶大で、それこそ人間の町のスラムにいたエルですら気づかれなかったほどだ。過信するのは良くないが、今後もこの力に与るとする。
そうしてとりとめもなく、作戦の話や身の上話を続ける。やはりこの世界から見て異世界である地球の話は面白かったようで、簡単な電気や蒸気機関の話をするとエルはそれを聞き入ってくれた。そんなもの魔法でできるだろう、と言われた俺は笑うしかなかったが、こうしてかつて得た知識を応用して人並みしかない魔力を最大限に運用しているのだ。馬鹿にはできないだろうという話をすると納得してくれたようだ。
エルからは魔法の話を聞いた。魔族の行使する魔法は基本形は人間のそれと変わらないが、それでも俺が驚いたのは彼女たちの目に刻まれた魔法陣は魔力を増幅し、制御を安定化させる機能があるのだそうだ。身体に刺青を入れて擬似的にやっている人もいるのだそうだが、やはり生まれつきのものは違うらしい。その中でもエルのものは特に上等だそうで、試しにその一つを見せてもらう。
「いいか、いくぞ?」
万が一があると困るどころではないので外に出てきた。人目がない広場だ。こうしてみると宿屋の前のそこに似ている。
エルは息を一つ吸うと、標的であるカカシに向かって魔言を紡ぎ出した。
「【アクアサーペント】!」
彼女の突き出した掌から水でできた大蛇が、文字通り蛇行しながらカカシに牙を突き立てる。蛇はそのままぶつかり、しっかり立っていたはずのカカシを倒しつつ水しぶきとともに消えた。見ると、ちょうど噛まれたところが綺麗になくなってしまっている。なんて威力だ。
「……でも、あの無駄に凝った造形はなんですか? 直接ぶつけるなり、そうでなくてももっと形を簡略化しても」
「そう思うだろ? でもな、そうじゃないとパワーが強すぎて制御が効かなくなっちまう……」
「なるほど、あえてロスさせているわけだ」
出力を抑えるための苦肉の策なのであろう。ただでさえあの威力のものが、形にこだわらなければさらに強力になる。そんな威力のものを戦場で使えば、味方もろとも粉々になってしまうだろうと考え恐ろしくなった。
互いに魔法を見せ合い、どこがいいだとか悪いだとかを評価しあう。俺の魔法の知識にはエルの知らないものも多々あったようで、そんな内容が書いてあった本を持っていた女将さんとは何者なのかという疑問がふと浮かんだほどだ。
「……あれはなんだ?」
そんな折に俺が見たのは、……煙?
向こうの方から一筋、煙が上がっている。それどころじゃない、明るくなっていて。
「狼煙? なんで」
「……あの方向は、村の入り口だ。――まさか」
信じられない、と言わんばかりに目を見開いているエル。俺はその、頭に浮かんだ一つの予想を馬鹿らしいと思いながらも、完全に否定することができなくて、俺は自室に戻って武装を整えていた。
「エルはここに残っていた方がいい」
「な、なんでだよ! オレだって戦える……。見ただろ!」
「それとこれとは話が別です!」
エルはここで出るべきではない。万が一があってはまずいからだ。以心伝心で伝わらないからもどかしいが、説明する時間も惜しく、まさに押っ取り刀で俺は部屋を出ると煙の出所へ向かった。
俺の予想が正しければ。
この村は今、襲われている。




