仮面
「オレ一人の命なんて安いもんだ」
エルが言うのに対し、俺は声を抑えきれずにいた。
「お言葉だが、それはおかしいと思う」
「……。」
「それでいいと思うのかよ」
「……魔族のためだよ」「エルのためなのかよ」
「オレは貧民街でそのまま死ぬ運命だったんだ。こうやってここにいるだけで、感謝しないと」
「感謝して!? だから死ぬってんのかよ。馬鹿じゃねぇのか、なら俺なんて、1万回死んでも足りないね!」
馬鹿じゃないのか、俺は、何を躍起になっているんだ。
死にたいって言っているなら死なせてやるのも権利だ。ここは日本ではない。日本の倫理観は通じない。そうとも思うのだが、俺の根底がそれを許していない。
「……申し訳ない、言いすぎた」
そうはいったものの、彼女の言っていることは俺に許容できるところではない。ここは日本ではないが、俺は日本人なんだから。
「テメー。オレが、……。死にたがってるとでも思っているのか?」
「……。」
「それは、大間違いだ」
華奢で色白な手を、震わせていた。不規則に、震わせていた。
「オレだって! ……死にたくないんだよ。仕方ねーんだ。一族のためなんだ。そのためにも……」
俺はそれを聞きながら、若干の安心とともに頬を緩める。
「なんだ、死にたくないんじゃないか。なら話は簡単だ」
「……死ななくてすむ方法を考えればいい。それだけの話だろ?」
不意に目が合うと、そのまま見つめ合っていた。
ほかの方法を模索するなんて、俺の得意分野だ。今すぐには……、咄嗟に思いつかないのだが、十分に時間はある。
「そんなの……」
「あるさ。絶対に見つけ出す。なんたって、俺は異世界から召喚された勇者だ。人間と魔族の両極からものを見られる者だ。俺がいるから、大丈夫だ」
「オレは……、頼っていい、のか?」
「当然だ」
「助けてくれるのか?」
「当然だ」
俺は、確証をもってそう答える。根拠なんてない。そんなの、俺らしくないことは百も承知だ。
「オレは、死にたくない」
「ああ」
「魔族も、救いたい」
「ああ」
「高望み、し過ぎか?」
「ああ」
「――だが、上等だ。」
手にしたいものはすべて手にする。いいことじゃないか。二兎を追う者は一兎をも得ず、なんて言うが一兎を追おうと得られないものは得られないことだってある。それなら、両者を狙うのも悪くない。
「俺ができることならなんだってする。だから、生き延びよう」
エルは、唇を震わせて、そして、不意に気付いたように閉じる。
どこか困っているようにも見えて、あと、もう一押しだ。
おもむろに仮面を外した。俺はそれを、そのまま元の持ち主に返してやる。エルは、俺がそれを自分の顔にかけることを受け入れてくれた。
「泣きたいなら、泣いてもいいんだ」
こちらを見るその双眸に、自分でも珍しいくらいの笑顔をぶつけてやる。
「なんったって、今は、お前じゃないんだからよ」
何かがほぐれた気がした。どこかぎこちなかった部屋がなくなったみたいだ。
「わたしは……ッ!!!」
俺に体を預けて泣きじゃくるエルに、俺はそっと抱擁で返した。震えている。腕の中で震えて、嗚咽を、呼吸を、鼓動を直で伝えていた。
ため込んでいたものを吐き出すかのように泣いていた。
気の利いたことは言えない。言わなくていい。俺はただこうしているだけでいい。
やがてその震えも収まって、呼吸が一定の寝息と化してからもそうする。
その瞼が開かれて、俺の顔と向かい合ってもそうしている。
時間なんてないかのように感じていた。互いに恥じらいながらも向かい合って、瞬き。瞳孔と瞳孔が見えない糸でつながっているかのように魅かれる。
「ありがとう」
彼女が救われたように笑うので、俺もらしくないことをしてよかったな、と思う。
俺らしくもない、こんなことをしてよかったと、この時は思っていた。




