復活
「オレの話に付き合ってくれないか?」
固唾を飲んだ。真剣なその表情は先ほどまでとは一転しており、また、彼女自身もどこか緊張していることが窺えた。
「……オレの父はな、生まれながらにして魔王だったわけじゃない。ただの、ごく普通の魔族の一人だったんだ。優しい父だったよ」
――それは、本当だろうか。人間の資料になるのでそれについての信憑性は薄い(得てして敗者は都合よく悪役にすり替えられるものだ)が、その中では残酷無比な性格であると記されており、忠臣ですら涙も流さずに斬ったというエピソードもある。それが優しい、だなんて言えるものか。
「人間にもある程度の話も伝わってるだろ? それはな……、ほとんど本当のことだ。オレも殺されそうだったところを、従者に助けられたんだ。父は魔王だけど、魔王は父じゃない。そう言っちまいたいぐらいの豹変だったよ」
エルは淡々と語る。俺はまた、結局何も言うことなくそれを聞いていた。父親に殺されかけた、なんてトラウマものであることは間違いがない。自分ですらトラウマを克服できていないのに、他人のトラウマに触れることなんてできなかった。
「最初は、人の上に立って精神が病んじまったのかと思った。でも、それは半分ぐらい正しくて、もう半分は間違っていたらしい」
「……と、言いますと」
「父はな、魔力に中てられてたんだ」
聞いたことがある。ずばり、『魔力中毒』の現象だ。何らかのきっかけで身体のキャパを大幅に超えた量の魔力が入ってくると、その魔力を制御しきれずに身体もしくは精神を破損することがある。そうなってしまったが最後、早急な対応を取らねば魔力は雪だるま式に体内に溜まっていき、いずれ死に至るという。
「ある日突然だったよ。何の前触れもなかった。食事中に突然、給仕にナイフを突き立てたんだ。――即死だった。怖かった。動けなかった。でも、あれは父じゃなかった。目が怖かった。気配が怖かった。――生まれて初めて、人が怖かった」
エルハイヤは思い出していた。日常の風景が一気に血の染まったその瞬間を。団欒に絶叫と逃げ惑う足音が震え、自分だけ取り残されたかのような冷たさに襲われ。
幼い彼女は手を引かれて逃げながら、夕刻の薄暗い森を逃げたそうだ。
途中、一人、ひとり。魔物や人間、そして魔王の追手で減っていき、そうして逃げ切った彼女は託された認識阻害の仮面を被って人間の貧民街で食いつないでいたという。
「まあ、そのおかげで魔王軍掃討の時も気づかれなかったから、運がいいのかもしれないな」
そう皮肉げに笑いながら俺ではなくどこか遠いところを見ているエル。その、貧民街での生活がどれほどまでのものだったのか、俺には見当もつかない。
そうして長い年月が経ち――魔族は長寿だが、それでも長いことには変わりはない。そんなある日、ちょうど半年ほど前に蜂起の知らせが届いたのだそうだ。曰く、魔公としての血が必要だという。
「まあ、魔王の親戚での唯一の生き残りだから、立てるには絶好の立場だったんだろ、と思ってな。やることは少ないと聞いていたし、父のやったことに対する罪滅ぼしって感じで、魔族の立場の復興のためにも協力しようと思った」
血族を使った大義名分というのは、日本史や世界史をやっているといくらでも出てきた。その一環なのだろう。俺でもそう思う。
もっとも、貧民街で生きてきた者に能力を求めようとは思わないだろうから、名前だけ使うつもりということになるのだろう。
それからはしばらくの間ここと街を行き来して準備したという。どこからか情報がリークして勇者に追われたらしいが、その時に現れたのが俺ということらしい。ちなみに、捕虜はエル自身の力で捕まえたことにし、力を誇示することにしたんだそうだ。彼も異世界人なので、俺に対するものと同じものを感じて自分の管轄内に置いておこうとしたのかもしれない。
「効果はてきめんだったよ。傀儡にしようとしていた連中も、オレの言うことにある程度従うようになったしな。だからテメーには悪いが感謝している」
「いえ、いいんですよそれは……」
俺の助力で、使いつぶされそうだった人が一人救われたとあってはうれしい限りだ。
「ただな、それでようやく聞き出せたんだ。あいつらはオレの名前じゃなくて、体そのものが必要だったんだってな」
「体、そのもの……」
「魔王の血を引いているのだから、魔王としての器として足るだろう、ってな」
「まさか」
「気づいてるだろ? エルピス君4号は、人工的に魔力中毒症状を起こして魔王を作り出す装置だ。一度殺すことで邪魔な”自我”を排除して、都合のいい魔王を『復活』させるためのな」
……つまり、エルが魔王になることで、魔族の悲願は達せられるが、エルそのものは事実上死ぬことになる、ということか。それどころか、まさにゾンビのように死後の体を弄ばれ、利用される。そう言っているのだ。
「オレは余剰魔力をため込みやすい体質らしくてな。絶好の素体だとエルピスの開発者は言ってたよ」
曰く、エルのような体質の者は魔族を探してもそうそう見当たらないらしい。突発的に発生するなんてそうそう起こらないし、血族はそれこそほとんど死に絶えている。だからわざわざ貧民街にいたエルに声がかかったのだろう、と彼女は予想する。
「オレが死ねば、魔族は人間に対等になれるんだ。そのくらいなら、オレ一人の命なんて安いもんだ」
これも彼女の覚悟なのだ。そうはわかっている。俺と同じく、まさに苦渋の決断なのだろう。
それでも、俺は、自分のことを棚に上げてでも、ものを申したいと思う。
「お言葉だが、それはおかしいと思う」
だって、本当に心からそれを迎合しているというのなら。
どうして、そんな悲しそうな顔をすることがあるんだ。




