同志
ピラミッド――便宜上、城と呼ぶことにするが、そこに戻った俺は先に通された客間で何をするでもなく座っていた。
件の男は医務室に運ばれて寝かせているらしい。もし起きた時に俺という人間がいた時にどういった反応をするかわからないので、俺はこうして蚊帳の外で待っているのだ。念のため、エルには彼がどんな話をしたのか伝えてもらえるよう頼んでおいた。
そうして取り留めのないことを考えてみたり、思い立ったように机に向かってみたりしていると、比較的すぐにドアのノックされる音がした。
「失礼するぞ」
ドアを開き、エルが直々に来たようだ。何も人をよこすだけでよかったのに、律儀なのか、それとも俺が思いのほか重要視されているからなのかはわからないが、俺はひとまず机から立ち上がって彼女を迎え入れた。
「それで、どうだったんですかね」
「とりあえず、アスクのやつのおかげで話せるまでには回復した。あいつの役割は伝令だったそうだ」
「伝令……」
「ああ。……あいつの集落が、一夜にして壊滅した、という話だ」
――集落が、壊滅? それもそんな短時間で?
「魔族同士の抗争ですか?」
「いや、人間による侵攻だと」
人間が? 嘘だ。先ほど体感した魔族の強さはやはり人間なんて軽く凌駕している。10倍の兵力があっても覆してしまいそうなほどだ。そのうえ、魔族はここのようないわゆる秘境に住んでいるため、その村落は自然の要塞としての機能も兼ねている。それも加味すれば、人間に勝ち目なんてないと俺は断言できる。
「オレも驚いたよ。多分テメーと全く同じことを考えてな。――だが、事実らしい。あいつは、『生物兵器にやられた』と、そう言っていた」
「生物兵器……」
そんなものを開発していたのか? ギルドのニュースにも書かれていなかったし、誰もそのようなことを言っていなかった。軍略上の秘密、ということだろうか。そんなものを使えそうな心当たりがないわけではないが……。まさかな。
「それから、あいつがあれだけの傷を負ったのは、追手だった雷属性持ちの冒険者のせいだそうでな」
「……雷属性?」
「女にしては異様な速度で攻撃してきたんだそうだ」
こちらを窺うように見やるエルに、俺はすべてを察した。本来ならばわざわざ伝えなくてもいい情報であるというのに、なぜそれを俺に言ったのか。
雷属性のみならず、いわゆる発展属性というのはただでさえ使い手が少ない。それで女性で冒険者だと? そんなの、まるで。まるで――。
「……アスクのやつは、記憶を消す魔法が使えると言っていた」
「それは……」
「ここを出るつもりなら、言ってくれ。最大限の助力だけはする」
そう言って、エルは俺に背を向ける。
目をそらすわけにはいかない。その冒険者は間違いなく、アンだ。どういう経緯で魔族に敵対しようとしたのか、それは俺にはわからないが、このままでは俺と彼女は戦わねばならないだろう。驚きを隠せない。
そしてそれでいて、アンと『戦わない』という選択肢もある。いや、残しておいてくれている。魔族には何のメリットもないのに、だ。もちろん、魔族全体とすれば俺なんて馬車馬のように使ったのちに殺そう、なんて風潮が強いだろう。それなのに、エルは俺がここを出るならば協力をすると言う。
「オレだって……」
エルはそのまま立ち去ってしまうと思ったが、その場で立ち止まるとこちらを見ることなく言葉を紡いだ。
「オレはお前を巻き込んじまったことを、本当に後悔してんだ。魔族とか、人間とか関係なしに、”ヒト”としてな。……昔の父から聞いた。勇者というのは異世界の人で、本来はオレらの世界と何も関わりのないところから来るそうだな。――異世界人は、人間に近い構造をしているが、どこか『違う』という話をしていた。だから、本来はオレらの抗争に巻き込むべきじゃないんだよ。それを……」
俺は黙って聞いていた。こういう時にどう言えばいいんだ。「気にするな」、か? どんな言葉も安く感じる。
「本当に、すまないな」
彼女は俯くと、今度こそ部屋から出ようと足を動かした。
それを認めた俺は、走っていた。走ってエルを追い越すと、ドアを勢いよく閉めた。
懐から、いつぞやの仮面を取り出してつける。――そういえば集落ではつけてなかったな、と今更ながらに後悔するが、そんなことはどうでもいい。
「……それで、僕が満足すると思ったんですか?」
「――い、今すぐ満足しろとは言わない。でも、選択肢として……」
「僕は、失望しましたよ」
「……。」
いつもとは違う。俺は、エルの目を直視しながらそう言った。
「俺はここにいることを決めたから、ここにいる。もちろん文句だってあるし、つらいことも多いけど、俺は絶対に一度決めたことをゆるがせにしない。ある人との約束なのでね」
3浪した。それでも、俺はあの大学に入らなければならなかった。そう心に誓ったのだから、入らないわけにはいかなかった。
どれだけ逃げても、絶対にそこに戻ると決めた。そうでないと、俺は所詮『あの日』止まりで何も進んでいないことになるから。
「俺は魔族じゃないけど、魔族とともに戦うと決めた。人間とか異世界人とか関係なしに、だ。そうなった以上、俺とお前は同志だ。それ以上でもそれ以下でもない」
もとより、遠慮されていたのだ。俺が異世界人で、人間のサイドにつくべき者だったから。俺は伝えたい。そんなものはいらないということを。何せ、一緒に戦うのだから。
何せ、仲間なのだから。
「……ありがとう」
少女は泣いていた。鼻で笑われることを覚悟していたから、ひどく拍子抜けする。
「オレを『同志』だなんて言って対等に扱ってくれたのは、やっぱりテメーだけだ」
「ああっ、すみません、つい……」
「いや……。嬉しかった。ありがとう」
涙を袖で拭きながら俺に笑いかけるエルに、少しばかり恥ずかしくなって顔をそらした。そうなってしまうと、俺は今までどうやってその目を見ていたのか分からなくなってしまう。
彼女は俺に割り当てられていまだに使っていないベッドのへりに座ると、その隣を二度たたいた。座れ、ということらしい。俺はエルから体3つぶんほど離して座る。
「……ちょっと、オレの話に付き合ってくれないか?」
断る理由もなかったので、俺は首肯してそれを促した。




