木乃伊
「なにごとだ?」
聞き覚えのある声がした。間違いない。エルだ。本当に俺は運がいい。俺は未だにいるのかよくわからないこの世界の神とエルに感謝した。
「これはこれは”魔公”様、ご覧ください、人間を捕らえました。まったく、どんな方法で入り込んだのかとんと検討もつきませんな……」
「馬鹿! なにをしてるんだ! そいつは大事な賓客だぞ! ああ、もう……」
眉間を摘みながら物憂げにため息をつく。流石にその様子から察したのか、俺を押さえつける手の力はいつの間にか緩められていた。おもむろに立ち上がり、服についた土埃を軽く払う。
「し、しかし人間が賓客ですか?」
「ああ……。評定衆の承認もとってあるしな」
「納得がいきません。人間を滅ぼすために魔王様を復活させるというのに、どうして人間をこちらに引き入れる必要があったのでしょうか?」
「あー……」
ちらり、とこちらに目配せをするエル。俺がいるいまここでは言えないことなのだろう。なにをされるのか少し恐ろしい。
「……それで、負傷者ってのはどこだ?」
「あちらで治療を受けているようですが……」
エルは話を強引に変えてそれを聞くや否やそちらを見に行く。……さっきから気になっていたんだが、彼女のお付きのうちの一人、あの包帯の男は何者なのだろうか?
「アスク、あいつを治療してやれ」
「……。」
包帯の男――アスクと呼ばれた彼はなにも言わずにひとつ頷くと、それまで治療していた医者風の男を避けさせて患者のそばに座り込み、魔力を練り始める。治療術は特に難しく、基本となる地水火風の4属性に加えて人体に関する素養も必要となる。才能のない、つまりステータスの魔法の欄に書かれていない属性(俺の場合は風と地だ)については習得が実に難しく、ほとんど不可能に近い。現に俺も、アンに習って以前に土属性の魔法を習得しようとしたが砂つぶ一つ動かすことができなかった。それを努力で補うのだからこの世界の医者はエリートのうちのエリートである。まあ、中には聖女のように光属性魔法のゴリ押しで治療してしまう理不尽な存在もあるのだが……。
とにかく、この世界では魔法で治療をしようとしたときは地水火風の合わせ技か光属性のゴリ押しがセオリーとなる。そのため俺はその男の繰っている魔力に驚いたのだ。
――闇属性だった。
一般に破壊の属性、死と病と不幸を司ると言われる闇属性で、なんとその男はそれとは真逆の”治療”という行為をしているのである。
「ふふ、驚いたか!」
「ええ、とても」
いつの間にかそれに見入って近寄っていたようで、そんな折にエルから誇らしげな声が聞こえた。驚く、なんてものではない。女将さんに借りる資料には他のどこの図書を読んでも載っていないことが書いてあることもあり、非常に豊富な知識が記されているのだが、それでも、いくら闇属性魔法を使うものが少ないからといってもこんなことができるとは初耳であった。
「あいつは元はマミーなんだよ」
「はあ……」
マミー。日本語に直すと木乃伊と書いてミイラである。なるほど、進化によって後天的に魔族になったのだなと納得する。後天的魔族はなんらかの魔物だった性質を受け継いでいるので、きっと彼が包帯を巻いているのもそういった理由があるのだろうなと予想できた。
そういう所以もあって闇属性が得意なのかもしれない。いや、マミー含めアンデッドが全てそうだとは限らないはずなので、おそらくあれはその才覚とそれに劣らないたゆまぬ努力の産物なのだろう。
にしても面白いなぁ、普通の治療術では欠損部位を元どおりにするのだが、アスクさんの使うそれはむしろあえて破壊してそこの再生を促進させるやり方である。それでいて神経や末端の繊細な部位は傷つけていないので彼の魔法制御がどれほどまでにうまいかが窺えるというものだ。しかも、そうして再生している部位は前に比べてより強化されている。ここに誰もいなければ、わざとにでも腹を掻き切ってその治療を受けてみたいほどだ。
「……。」
彼はすく、と立ち上がるとこちらを向き、再び一度頷いた。どうやら完了のようである。呼吸は安定し、赤黒かった傷口はすっかりふさがって血色も良くなっている。もちろん彼の前に治療を行っていた回復術師も腕は悪くはなかったのだが、それとはやはり格が違う。
「じゃあこいつはオレのところで様子を見るから。異存はないよな?」
誰もが顔を背けた。異存はないらしい。権力者の庇護の元で最高級の治療を受けられるという厚遇の上、倒れている男は結局のところ赤の他人であり、それほどまでの執着もなかったのであろう。
「見た感じだとここの村の奴じゃねーな」
「そうなんですか?」
その細い体躯からは考えられない怪力でエル自ら男を担ぐと、彼女はそのままピラミッドの方へと歩み去ってゆく。俺はその後ろをついていきながら、エルにその事情を聞いた。
「まあこの規模の集落だからな、みんなが顔見知りくらいにはなるけど、こんな奴は見たことがねえ」
「はあ……。でも、なんでこんなところに。人間から逃げて来た、って言ってたみたいですけど関連はあるのでしょうか?」
「さあ、意識が戻ってからだな」
たしかに、このまま推測しようとそれは所詮は憶測の域を出ない。それなら本人に直接の方が正確性も増すというものだろう。
良くない話の匂いがする。人間族との確執にしろ、やはり面倒なことに首を突っ込んでしまったようだ。




