冤罪
エルに許可をもらい、さながら観光気分で魔族の集落を見て回っていた。
魔族とはいえ身体の作りは人間とほとんど同じのため文化的に大きな差異は見られなかったが、絶対的な人口が少ないせいか全ての建物が平屋建てであったことや、人によってはあまり服装に頓着せず人によってはボロ絹でかろうじて体を隠しているなんて場合もあったことには驚いた。知能面では人間と変わりはなく、その交流には人間の言葉を輸入してきたと思しき――少し癖があるが、それでも我々に通じる言語で話していた。エルからはこの訛りを感じられなかったので、やはり彼女は教育も相応のものを受けたのだな、などと考える。魔王の娘のしての素養として必要なのだろう。
そして、俺も流石に空気を読む程度の能力は備わっているのだが、周囲からの俺を排斥しようとする気が尋常でない。人間と魔族の確執というものを感じられる。さすがに白昼堂々に犯行に及ぶ輩なんていないと思うが、少しでも目をそらせば今にも牙を剥いて殺しにかかってきそうだ。今までは対策を講じ、なんとかギリギリの戦いを渡ってきた俺だったが、人間より単体の力ですら勝る魔族に集団でかかられては勝ち目なんてあるはずがない。不用意に挑発したり、そうでなくても路地裏などの治安の悪いところには行かないのが吉だろう。まあ、とはいえそんなことをする勇気が俺にあったならの話だが。
店を冷やかして回る。人口が少ないとは言ったがそれなりの規模を誇る集落のため常設された店も多い。他の集落との交易で手に入れたのか、この辺りでは取れないような素材や工芸品が目につく。やはり魔族が強力だからだろう。人間の市場ではそうそう見ない魔物の素材も散見される。俺は加工といったものはしないが、それを生業とする者が見ればまさに垂涎ものばかりだろう。
露店で焼き鳥を買った。実は少し不安だったのだが、王国で使われている銅貨で支払いは大丈夫だったらしい。この人口規模で貨幣を鋳造するのも予算の無駄だろうし、日本における宋銭のようなものなのだろうと納得した。
さて、味の方は……。うーん、いい意味でも、悪い意味でも筆舌に尽くしがたい。おそらく、使われている素材は人間にとっては高級品といわれるものなのだろう。それをこの値段で、というのは非常にリーズナブルではあるが、味付けの方が非常に残念である。人口が少ないから需要も少なく、競争もなされなかったために味付けがこの地点で止まっているのかもしれない。
美味しかったです、なんて心にもないことを言い、その屋台から立ち去った。
しばらく行くと、なにやら騒がしい。野次馬精神で覗き込むと、嗅ぎ慣れた血の匂いがしてきた。聞き耳を立てて、交錯する情報の中から必要そうな情報を聞き出す。
「――で、向こうから血みどろで歩いてきてよぉ!」
「見た感じ刀傷だが、決闘でもあったのか?」
「違う! 倒れた時に言ってたんだ!」
その男は、一息吸うと、強調するように言った。
「――"人間にやられた"ってな!」
まずいな。俺は咄嗟に顔を隠して人混みから離れるように動いた。どう考えても、このままあそこにいれば俺にあらぬ疑いがかけられるのは確実だった。足早にエルの住まいの方へと逃げていく。その途上、しかし肩を強く握られる感覚が――
「犯人を捕まえたぞ!」
馬鹿な。俺は言うまでもないが何もしていない。ここへは騒動になってから初めて顔を出したし、倒れた男の顔も今初めて見た。なんなら、アリバイさえ提出すれば。
「僕はやってないですよ! その時間にはここにいなかったんですよ! しかも――」
「人間に貸す耳なんかない! いい具合に誑かされて有耶無耶にされるだけだ!」
「聞いてくださいよ!」
「断る!」
凄まじい剣幕で言い切られ、俺は二進も三進もいかなくなる。こうなっては言葉に意味はない。無実を証明する術がないのだから不本意ながら逃げるしかないのだ。そう思い、その手を振り払った、と思った瞬間、俺の視界はぐるんと回り、気づくと背中に強烈な痛みが走った。
「がっ……!」
肺と喉が悲鳴をあげ、俺は地面に転がされている。その上から肩を押さえられているが、その膂力ゆえに身動きひとつ取れず、俺を仇のように睨みつけているのをただ黙って受け入れるしかない。変に逆撫ですれば、次の瞬間には俺の首が繋がっているかどうかすら怪しくなる。
「諦めが早いな、人間。流石は腰抜けの種族か」
「ゴブリンでももっと足掻いてみせるってんのに」
「どうします? やはり目には目を、ですよね」
「拷問か! そりゃあいい!」
うるさい、今はそんなのシャレにならないんだよ。しかし気運は俺という人間に"罰"を下そうという方向に進んでおり、冗談抜きに何をされるかわからない。せめて話が通じる相手がいれば話は違うだろうが、この雰囲気の中でそんな『空気の読めない』ことをしようというものはいないだろう。こればかりは何も方策が浮かばない。
諦めそうであったその時であった。
「なにごとだ?」
俺は一筋の光明を見た気がした。




