王女
二話以来のあの人視点
――は?
私はそんな素っ頓狂な言葉が出てきそうなまでに驚きました。すんでのところで抑えて王女としての品格を保ちましたが、その報告には驚きを禁じ得ません。
「もう一度、言っていただけますか?」
「はっ、件の勇者サブロー殿が、数日ほど前から行方知らずとなっております」
頭を抱えたくなります。仮にも国財たる勇者、監視体制は十全だったはずなのですが。泳がせておかずにしっかり手元に置いておくべきだったか、と後悔しますがそれも先には立ちません。ウインドの手のものをつけさせたので大丈夫だと思っていましたが、考えが甘かったようです。
「――ウインドは役に立ちそうにありませんね。騎士を動員してでも探し出しましょう」
「アース様の軍勢をですか? お言葉ですが、隣国との情勢も悪化しておりますゆえ、そう多くの軍は動かせないかと。また、魔族討伐にも少なくない兵を投入していますし、大々的に行動を起こしてしまうと悪目立ちしてしまう恐れもあります」
目の前の、でっぷり太った宰相――ウォータの言も一理あります。ですが、なんとしてでも彼の男を捕まえねばなりません。
「あなたは、最悪の事態がわかっているのですか?」
「……サブロー殿が死んでいた場合でしょうか?」
「逆です。もし万が一、彼の方が敵方に与することになってしまえば、こちらは損害を被り、敵の兵力、士気ともに大幅に底上げしてしまうことになります。そうなる前に探し出さねばならないのです」
異世界の者は私達とは異なった価値観を持つと聞きます。もしも妙な集団にでも手を貸してしまったら目も当てられません。
「幸い、私はまだ未婚ですね」
「……! ネイオレット様、まさか……!」
「はい、万が一を未然に防ぐにはそれしかありません」
勇者が王女と結婚したなんていう話は過去の英雄譚を探ればいくらでも出てきます。適当な功績をでっち上げて凱旋パレードでもすれば、国民は容易に信じてくれるでしょう。良くも悪くも、勇者というブランドにはそんな重さがあるのです。
それが一人ならず二人も。これは場合によっては国をも揺るがす問題になりかねないでしょう。なんとか悠太の方は未だ国民には露見していませんが、それも時間の問題です。
せめて一人ぐらいは管轄内に繋ぎ止めておきたい、そののためには己の身も厭わないつもりです。
「そいつぁ無理な相談だと思うぜ、お嬢」
物陰から声がしました。――噂をすれば、ウインドのようです。
いつになっても慣れませんが、これがウインドの流儀だと諦めるしかありません。先代の父からの臣なのですが、現に彼の部隊の諜報能力は折り紙つきなので蔑ろにできません。とはいえ、そんな信頼が揺らぐようなことが起こってしまったわけですが。
「まずあれは既婚者だ。お嬢がそこそこいい顔をしているのは認めるが、その程度じゃあれは揺れない。多分権力でも難しいだろう。あれは情で動く生き物だからな」
「……知ったことを言いますが、あなた自身がつけていたわけではないですよね」
「そりゃあ、『俺』は、ねぇ」
含みのある言い方で笑うこの男のことは昔からよくわかりません。わかるのはこの男が変装の達人であること、そして父上の臣になる前には、とある劇団で知る人ぞ知る名脇役で、脇役をやらせれば右に出るものはなかったということ。出自等は全くの不明で、私も初め、この男自身が二心あるのではと初めは疑ったものです。とはいえ、そんな疑惑をかけても暖簾に腕押し、飄々とやり過ごされるのでもう諦めましたが。
「では、どうしろというのですか?」
「いやー、運が良くてね、その例の”妻”? 俺がもうすでにひっ捕らえてあるんだよねぇ」
「なんだと!? いつの間に、この報を入れるまでにだとしてもいくら何でも早すぎる……!」
「……ふっ、例えば、そのことが起こる前にだと言ったら?」
にんまりと笑いながら平然と言ってのけます。
まだ無実のうちに捕らえたとこの男は白状したのです。これは立派な冤罪、いえ、誘拐にあたります。本来ならばこの男を罰しなければならないでしょうが、状況が状況、相手が相手。隠蔽せざるを得ません。まるで私がそうすることをわかっていたかのようなその表情は腹立たしいです。
「……はぁ、心外ですが、その行動が今回に限っては功を奏したわけですね」
頭が痛いですが、本当に今回に限ってはウインドに感謝しなければなりません。大きな手札が一枚手に入ったわけですから。万が一のことがあったとしても、これをタネに脅迫でもすればすぐにでも屈服するでしょう。
何事もなく、杞憂で終わればそれが一番なのですが……。
窓の外に分厚くどんよりと、雲が広がっていました。




