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エルケーニヒ

 結局、朝になってしまった。

 今更になって、自分が何をしようとしているのか、末恐ろしくなる。――いや、正しいはずだ。正しくあるはずなのだ。

 俺はしかし、強烈な眠気に苛まれる。いくら夜更かし徹夜が習慣となっているからと言って応えないはずがない。伸びをすると背骨がゴキゴキといって開放感。そのまま肩を回しつつ部屋から出る。


 女将さんは今日もいなかった。あの人はよく、こうして宿を留守にする。かと言って外で会うわけでもなく、どこに行っているのか。まあ、俺が本が借りたければ彼女がいるときにまとめて借りればいいし、今日のように後ろめたいときはいないでいてくれたほうがありがたい。


 かくして、例によって例のごとく、特に何も考えることもなく適当な依頼を手に取る。

 ……まあ、報酬も妥当か。


「――おう、サブローじゃねぇか。昨日の夜狩りはどうした?」


 突然に話しかけられて、肩が浮いた。見ると、もう街の門にさしかかっていたらしい。見知った顔の、目の下に隈がある。


「まあ、昨日ゴタゴタありましてね」

「はっは、痴話喧嘩の話なら聞く気はないぞ?」

「……まあそんなところです」

「浮気だけはするなよ」

「はは……用心しますよ」


 まさか、これからしようとしていることなんて言えたはずがない。少なくとも、女のところに行こうとしていることは間違いがないだろう。律儀に言う気は毛頭ないが。

 愛想笑いを残して足早に立ち去る。むしろ怪しさや挙動不審さを加速させている気がするが、今は誰とも話したくない。――いつボロが出てしまうか、分からないから。


 少し離れたところにある森が、いつもの狩場である。以前に、アンにもっと敵のレベルが高く報酬もよいところに狩場を移す提案をされたことがあるが、ゴブリンを相手取った経験が生きるので効率としてはこちらの方がいいと思い、却下した。

 その甲斐もあってこの辺りの地形はおおかた頭に入っている。まあなんだ、俺の庭みたいなものだ。


「……3、2、2ってところかね」


 魔法を打ち込むのと、脂肪の焼ける不快な匂いがしたのはほとんど同時だ。これは、何度嗅いでも嗅ぎ慣れない。ぬけぬけと姿を見せるゴブリンの一体に【溺水】を浴びせ、動揺したところを他のゴブリンともども仕留めていく。

 ヤケになったのか、躍りかかる二体のゴブリン。咄嗟に石を拾い片割れに当てて墜としつつ、十分に構えをとってから一思いにもう片方にスキルを使わない撫で斬りを浴びせた。

 悠然と歩み寄り、石が当たり額から血を流すゴブリンの心臓に剣を突き立てる。


 ミッション、コンプリートである。


 舌打ちをしながらゴブリンに足をかけて剣を抜き、若干の不快感を感じながら付着した血を布でふき取る。――こうしなければ、また【燃費下落】チートの餌食になり、剣を買い換える羽目になってしまう。無駄な出費は、避けたい。


「……それで? いるんですよね?」


 先程から気配を感じていたのだ。大方、コンタクトをどこかのタイミングでとってくるだろうと思っていたから気づけたというのもあるが。懐から仮面――例の借りパクしたあれを取り出し、装着しながら振り返る。


「正解。よくわかったな」


 俺の前方から、エルハイヤが出てきたようだ。

 ……。

 俺はさりげなく、振り向かせた首をその方に向かせて、あたかも何事もなかったかのようにぎこちなく笑いかけた。

 以前に見た時には今にも死にそうであったのが血色も良くなっている。改めて見ると端正な顔つきをしているな、などとどうでもいいことを思わされるほどだ。

 俺は誤魔化すように手をひらつかせてキザったくアピールをし、彼女に無防備にも歩み寄る。


「それで……。一応聞いておくが、何の用だ? まさか、俺が恋しくなったから会いにきただなんてはずはないだろ?」


 この背徳感がたまらない。万引き犯の心情というものはわからないが、きっとこれに近しいものなのだろう。


「ああ、お前にはこっちのアジトについてきてもらう。……もしかして、今はまずかったか?」

「いや――、いや。問題ない」

「そう、ならついて来な」


 瞬間よぎったが、それよりもこちらの方が大事であろう。快諾し、彼女が促すように歩いていく。

 ――無防備に背中を晒して、万が一にも俺に害意がない場合を考えないのだろうか。


「それから……。一応言っておくけど、オレを殺そうったって無駄だぞ? わかってるとは思うけどな」


 そりゃあ、俺とエルハイヤの間には隔絶としたレベルの差がある。今までのように搦め手を使えばなんとか勝てるかもしれないが、策も講じず、身一つでそんなことをしようなどまさに無謀だろう。

 それに、彼女を討ち取ったとしても、彼女がトップであるとは限らない。もしそうであれば、彼女を倒したところで全くの無駄に終わるだろう。大体、俺なんていう何をしでかすのかわからない爆弾に組織のトップを当てるほど向こうも無策ではあるまい。


「じゃあ、改めて自己紹介だ。オレはエルハイヤ。正確にはエルハイヤ・ダッチェス・エルケーニヒ。――魔王の、娘だよ」


 前言を撤回しよう。……どうして、組織の事実上のトップがこんなところにいる!?

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