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うたかたの

※投稿抜けになっていたため割り込みしました

 基本的には女将さんにもらえる本を読んでいるため俺はあまり使わないのだが、ギルドにも一応図書室のようなものが存在する。ギルドニュースだけでも情報を得るぶんには十分なのだが、重要性が低いものはスペースの関係で貼られないことがある。そういった情報はここに保管されて自由に閲覧できるのだ。

 息を吐きながら椅子に座り、開けてある穴に紐を通しただけの簡素なつくりの紙の束を開く。

 うわぁ……。これは、膨大な情報量だ。

 目がくらみそうだったが、目頭をつまんでこらえる。

 情報の取捨選択をしなければ、こんなものやっていれば日が暮れてしまう。

 ――そしてそれは、3年の浪人生活を経た俺の得意分野である。

 現代文の意味のわからん評論に翻弄された俺にとっては、この程度お茶の子さいさいである。


 ――ふむ、なるほど。


 おおよそ必要な情報はピックアップできた。

 まとめあげた紙も、いつもと比べ物にならない量だ。それでも、これだけあれば十分だろう。

 問題は、これを以ってしてどう動くか、だ。現在の国内外の情勢、ギルドの動き、その他諸々。はっきりいって、勝算なんてない。


 それでも、頼まれたのだ。頼まれたからには、やらねば。


 俺にはチートがある。俺には日本で培った教養がある。


 勝算はなくても、勝機はある。


 各国のS級冒険者、騎士団、その他諸勢力。農民反乱、外様領主、被迫害民族に、魔物の動向。

 無論、俺なんかが立てる策よりも本職の軍師が立てるものの方が何枚も上手に違いない。それに肩を並べようとも思わない。

 それでも、爪ぐらい立ててやりたい。


 できる。俺にはできる。


 お前もそう思うだろ? アン。



  ◆



 しかしまあ、そうはいってもどこに行って、どうすればいいのかはわからない。

 湿った砂利の音を響かせて、路傍の石を蹴りながら考えた。

 矢文には――俺が選ばなかったときのためにだろう。場所も合図も、何も記されていない。

 信用がないとは心外だが、俺がその合図に倣って使者を呼び出して一網打尽、なんてことをしないという絶対的な保証はないのだ。

 警戒もされて当然、か。


 どうするとよいのか。当惑していると、俺の睫毛を掠めるものが。

 どす、という強い音と木の棒のたわむ音。


「……っぶね」


 矢文、第2号か。

 撃ち込んできたやつにクレームの一つでもいれてやろうとしてそちらを見るが、既に誰もいない。

 ため息をつきつつさりげなく拾い上げて、懐にしまってしまう。誰かに見られていたら大変だからな。

 人のいないところまで移動すると、例によって油紙に包まれていたそれを展開して、中身を読む。

 そこには、ただゴブリンと月の絵だけが描かれていた。


 ……なんだこれは。まず、俺になにを伝えようとしているのかわからない。雲から出てきた太陽にすかしても何かが出るわけでもなく、ただ,これだけがヒントらしい。


「月……?」


 月といえばなんだろう。うさぎとか。――いや、この世界にきてそんな伝承は聞いたことがないな。

 やはり月といえば夜の象徴だ。夜、ゴブリン……? ああ、なんだ。夜狩りのことか。

 確かに、今日は夜狩りに行く予定の日であった。周期を決めているのでそれさえわかれば向こうも今日が夜狩りの日だとわかっただろう。

 つまり、ここで気にもとめずに夜狩りに行くようであれば参戦の意思なしであるととられるだろう。そして、その逆の行動をとれば――夜狩りに行かなければ(・・・・・・)、俺は手紙の意図を飲んで参戦する意思を示すことになる。

 参ったな……。

 どうやら、意思決定は今日の夜までのようだ。それまでに、行くのか行かないのか。人族に仇なすのか否かを決めねばならないらしい。

 しかし、俺の裁量はもちろん決まっていた。きっと、帰ってきたアンも納得してくれるに違いない。


 そうはいっても、心臓を責めるような圧力はある。それでいいのか、と。

 かぶりを振る。それでいいのだ。アンの笑顔をまぶたの裏に描きながら、俺は心を落ち着かせる。

 息を長く吐いて、肩をグルンと廻した後に、首を軽く鳴らした。「よし」、と呟く。大丈夫、大丈夫だ。

 自室のドアを握ると、投げるように勢いよく開いた。アンはいない。しかしそれは、ここにおいてさしあたって大した問題ではない。


 腰を、落とした。


 その日は東の空が明らむまで、俺は家でアンを待つことにしたのである。

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