↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/86

ボールペン

「――というわけで、本当に申し訳ないです」


 何度死にかけるのか、と声を荒げるアンに、俺は正座をしながら、スキャンダルを食らった芸能人みたいに謝罪しかできなかった。


「それは聞き飽きたわ。私が聞いているのは、それを踏まえてどう対策するかなの」


 対策なんていくらでも講じたさ。でも――。


「はいはい、言い訳がましくこっちを見ないで。その”対策”がうまくいかなかったから、こうやってサブローが死にかけてるんでしょ?」

「で、ですが、現に僕はこうして生きてますし――」

「たまたま、ね。次はないかも知れないのよ?」

「チートを使わなければ……」

「多少魔法が得意な凡人が、この世界で生きていけると思う?」

「それは……。そうかも、知れませんが」


 俺は、うまく二の句を継げずに口をつぐんだ。

 やれやれ、と言った具合にため息をついたアンはしかし、何も言おうとしない。俺が何か言うのを待っているのだろうか。なんだか、見下されているようで腹立たしい。


「悪いのは――。悪いのは僕じゃない、です。僕ではないんです。危険物を与えるような――そうだ。チートが悪い! 世界が悪いんです! 僕は何も――!」


 パァン!


 刺すような痛みが貫いた。冷たかった。


「な、にを……」

「何をじゃないわよ! 心底見下したわ。サブローはやっぱり、性根が腐ってる!」

「んなっ、何もそこまで……」

「いいえ、言わせてもらうわ。サブローの良くないところと言ったら……、挙げたらきりがないけど、それでもこれは許せない」


 俺にとって、それはあまりに突然だった。夕立のように唐突で、理不尽だった。

 見ると、まるでゴミでも見るかのような視線で、――しかし、そこに涙をたたえながら、俺を見下す姿があった。


「人のせいにして、ほかのもののせいにして、何が変わるっていうの! サブローはそれでいいと思ってるの!?」


 変わる? 冗談はよせ。俺は変わりたくない。今の生活にだって十分満足しているし、非の打ち所なんて皆無に等しいじゃないか。


「そんなだから、受験にだって三度も失敗するのよ!」


 ――うるさい。なぜお前にそれを言われる必要がある。お前に勉強の苦痛がわかるものか。勉強をすれば開始早々眠るようなお前に。少なくとも、俺はお前よりも数学が解ける。英文が読める。せめて、同じ土俵に立ってから言ってもらいたいものだ。


「そのひん曲がった根性がなければ、救えた命があったんじゃないの!?」


 それは、なんのつもりだ? 俺の堪忍袋の尾は、その一言で弾け飛んだ。


「――うるさい。うるさいうるさい、うるさいっっ!!! お前に、お前ごときに何がわかるって、何がわかるってんだよ!? 俺の記憶を勝手に引用するんじゃねぇ。汚らわしいんだよ! 俺がいなかったら、お前はここにいねぇんだよ! それがわかって言ってんのかよ! もっとありがたがれよ。窮地になって救ってんのは誰だと思ってんだよ。いつも策を講じて、勝利に導いてんのは誰だと思ってんだよ! そうだ、そうだよ。他ならぬ俺だよ! その命の恩人にナメた口きいてんじゃねぇよ。勝手に、勝手に軽々と言ってんじゃねぇよ。俺は、最善を尽くしただけじゃねぇかよ。”その時”だって、俺は最善を尽くした! 結果が”あれ”だ! あのザマだ!どんだけ最善を尽くそうが無理なもんは無理なんだよ! ”あの時”、俺がどんだけ苦しんだと思ってんだよ。並列人格? 笑わせんじゃねぇ。そんなこともわからずに俺の一部を騙るんじゃねぇよ! 汚らわしいんだよ!」


 息も絶え絶えだった。唾を飛ばして一気呵成に並べ立て、ただ思ったままに全てを吐き出した。

 呆気にとられたかと思うと、俯き、肩を震わせるアン。――言いすぎただろうか。いや、むしろ清々する。


「そう。そうなのね」


 意を得た、とばかりにひとりごつアン。それに対して、俺は何も言わなかった。論破、というやつだろうか。とにかく、俺がアンを打ち負かした、打ち負かしてやったという歓喜が俺の中を満ち満ちていく。なんたる快感なのだろう。表情を取り繕っていたが、それを外せば今にも高笑いしてしまいそうな、そんな圧倒的な快楽だ。ざまぁみやがれ。この言葉がしっくりくる。


「わかったわ。そっちがその気なら、こっちにも考えがある」

「い、言ってみるんだな」


 意外にもあっさりと手を引いてしまったことに若干の物足りなさがあったが、精一杯の虚勢でそれを隠しつつ、殴り気味に言う。

 アンは、どこからともなく紙とボールペンを取り出した。――ボールペンなんてオーパーツ、この世界に来てからは一度しか見ていない。


「1ヶ月後に、またここに来るわ。その時までに決めておくことね」


 その紙とペンを置くと、アンはドアの蝶番を勢いよく開き、そのまま外に出て行った。


 ――出て行ってしまった?


 突然、足の力が抜けた。取り繕った顔から感情が溢れた。


「は……ははは……」


 鼻を鳴らす。顎を滴る。心臓が空回りしていて、肺が苦しい。嘔吐く。鼻を鳴らす。嘔吐く。嘔吐かない――いや、嘔吐く。


「あっはははは、ゴボッ、っははははは!!!」


 高笑いした。実に小気味いい。ざまぁないな、本当に!


 アンの置き土産となった紙には。


 『離婚届』と、印字されていた。

(本日でちょうど書き始めて1年目のようです。これからものんべんだらりと書いていきますので、ご愛顧のほどよろしくお願いいたします)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。