享受
「た、ただいま――ぐあっ!」
帰宅して開口一番、殴られ――は、しなかった。
「なにやってたのよ! ……心配、したじゃない」
「な、なにを……」
抱きつかれた。ハグされて、いる。
少女が、泣いている?
「そ、その。すみません」
「いつもそれよね、サブローは」
「すみません」
「もう……」
少女は、息を吸って。
「おかえり、サブロー」
「……ただいま」
ありがとう、そう思った。
「――それで? どこに行ってたの?」
一転、底冷えするような笑顔で俺に聞いてくるアン。思わず肩に力が入った。
「いやあの、チートを使う場面に遭遇しまして」
「……女?」
「そっそそ、そんなことは」
「なんて、じょうだ――えっ?」
……なんだろう。ひどい誤解を受けたような気がする。
「サブロー?」
「はい」
「……女?」
「そっそそ」
「女なのね?」
「……そうといえばそうですし、違うといえば違います」
「女なのね?」
「あの、すみません。怖いです」
悠太君の時とは一転して詰問される方になってしまった。やはり、わかりやすいのだろうか。
しかしどう説明するか。馬鹿正直に言ったところでアンがあいわかったと引き下がってくれるとは思えない。
「他の女に乗り換えるのね」
「いえいえいえいえ、そんなことは絶対にあり得ないですから!」
「じゃあ、ちゃんと否定すればいいじゃない!」
「……お、女の人と一緒にいたのは事実です。ですが、好意とかは一切ないので」
「そういう問題じゃないでしょ……」
不服そうにするアンに、俺は何もいえなかった。
「まさか、例のチートで無理やり捕まえて、逃げられないところを――」
思い至ったかのように早口で言うアンだったが、すぐにハッとしたように、口を閉じる。
「ごめん、これはタブーだったわよね」
「い、いえ。特に大丈夫です」
一瞬、フラッシュバックした光景。
遠くのビルに一つだけ見えた窓。
酸化した潤滑油の匂い。
トタン板。
――無理やり、思考を逸らした。
「ま、ありえないっていうことはわかったわよ。そんな胆力がないことは私が保証するわ」
「そんな保証いりませんよ……」
へつら笑いをしてあしらいながら、小さく哀愁を感じていた。
「……で、何してたの」
「人助けです」
「具体的には?」
「ひ、人助けですね」
アンに昨晩からのことを言おうかとも思ったが、人の口に戸は立てられぬ、という。もちろんアンに対する信頼がないかと言ったら全くの逆なのだが、それでも、これについては俺だけで秘匿しておくのがいいと思った。
「ま、サブローのことだしどうせまた厄介ごとに首を突っ込んだんでしょう?」
「はは、まあそんなところです」
当たり障りのないように返答し、就寝の準備をしようと思い立つ。
「あの、ですね」
「何よ」
「その、あの、そこに立たれてしまいますと……」
「邪魔なら邪魔って言えばいいじゃないの」
まさか、俺がそんなことを言えるはずがないじゃないか。
渋々、といった具合にそこを避けてくれたアンに意味もなく会釈をすると、剣をそのままスナップで部屋の隅に投げ捨てて鎧の留め具を外し――。拍子に、件の仮面がことり、と落ちた。
「あっ、違います。」
「何がよ。――まさか、こういうのが必要な付き合いとかしたの?」
「ま、まさか! そんな人間に見えますか!?」
「怪しいわね」
「怪しくなんてないですよ……」
拾いながらそんなことを言うが、あながち間違えていると切り捨てられないあたり慧眼だなと感じる。
とはいえ、ニュアンスは絶対に間違っているのだが。
「もらっただけです」
嘘です。借りパクしました。
「嘘ね、顔に出てるわ」
だろうな。さすがの俺でもそのぐらいの自分の表情はわかる。
「はあ。どうせまた、拾ったのに交番に届けずに持ち帰っちゃったとか、蚤の市でつい衝動買いしちゃったとか、そんなしょうもない感じなんでしょ?」
「しょうもないとはなんですか。心外です」
しかし思い返してみれば、確かに借りパクはしょうもない。いや、罪であるという事実はあるのだが、そこまで自分を責めて隠すまでのことではない。
なぜ俺はわざわざこの仮面のことについてすら隠そうとしたのか、理解が追いつかなかった。
「まあいいわ、興味ないし」
「なら聞かないでください」
「聞かないと何も話してすらくれないじゃない」
「ぐ……。まあそうですが」
見事に弄ばれている感じがする。これがアンとの会話の、その……。醍醐味と言おうか、それのような気もするが、一日を土の上で、しかも警戒しながら寝たために寝不足な俺は一刻も早く就寝したかったので些か鬱陶しく感じた。
「あー、もう。全く、しょうがないわね。剣と鎧の手入れは私がやっておくわよ。寝たいなら寝なさい」
「……恩に着ます」
――やはり、わかりやすいようだ。
言わなくても大意が伝わるというのは非常に、特に今のように俺が話すことすら億劫な時や戦闘中なんかには役立つ。しかし、他の誰でもない俺自身が悠太君からそれを利用して情報を引き出したのだから、まさしく一長一短だろう。
すぐさま外着から置いてあった部屋着に着替えると、畳むこともせずにそのまま倒れ込んだ。
「おやすみ、サブロー」
「ああ、うん……」
アンがかけてくれた毛布の暖かさを享受しながら、何か考える暇もなく意識が遠ざかっていった。




