虫喰い
勇者は思っていた以上に口が固かった。
――とはいえ、この詰問が功を奏したのか、表情や口調から読み取ることは容易かったのだが。
いつもの俺もこんな感じなのだろうか。
失笑が浮かびそうになったのをかみ殺す。
まず共通認識として、魔族というのは現在、人族――つまり我々よりもヒエラルキーが下に位置している。
『現在』というのも、もともと魔族は種族特有の強大な魔力と目に埋め込まれている魔法陣による制御能力、そして体躯に見合わぬ攻ステータスの高さを以って人族よりも強大な存在として君臨していた。絶対数が少なかったからこそ良かったものの、そうでなければ人族なぞ容易に蹂躙できたことであろう。
それがどうしてこうして奴隷未満の立ち位置になったかという経緯はよくわからない。通説によれば『神の慈悲』だそうだが、なんともまあ都合のいい慈悲があったものである。
そして――ここからは悠太君の話からの推測なのだが、この少女エルハイヤはその境遇に逆らい決起した首謀人物なのだそうだ。本当かどうかについてはこの勇者、悠太君がいる限り聞こうとも思えない。どんな情報を待っているかは互いにわからないのだ。
エルハイヤの表情に陰りができたので、おそらく真だと考える。
どことなく悠太君の言うことは支離滅裂であまり参考にならない。そういうことのできる魔法やアビリティもあったな、と思い返し、もし俺が勇者だったとしたら同じような境遇を受けていたのかということに思い至ると軽く寒気を覚えた。
「……さて、と。大体の情報は集まったかな」
脅しのために抜き身にしていた剣を肩に担ぐ。
「た、助けてくれるのか!」
「うーん、どうする? エルハイヤさん」
「オレは解放してやっても――」
「オーケー、じゃあ悠太君、君は人質だ」
エルハイヤの甘い意見を遮って、あたかも当然のことのように言う。
当惑したような悠太君の表情に軽く嘲笑で返しながら、同じような表情のエルハイヤを見る。
「どう言うことだ!」
「いやぁ、ちょうどいい手札が手に入ったのにみすみす見逃すなんてもったいないだろ?」
「……お前、調子に乗ってるな?」
「責任が全くないもんでね」
口角がずっと上がりっぱなしだ。オーバー気味に肩をすくめると、再び悠太君に笑いかけ、剣のつかの方で突いて気絶させる。
「まあせいぜい土産にでもすればいい。ああ、懐柔してそっちに引き込むのもいいかもしれねぇな」
足蹴りにして転がしながら、エルハイヤに笑いかけた。
「いい戦利品になったな」
まるで、お化けか狂人でも見たかのように目を見開いている少女は、しきりに俺に何かを言おうとしていた。
◆
ようやく、1日が経った。
念のために、俺とエルハイヤで交代して監視をしながら寝ていたのだが、とくにその必要もなさそうだった。
一応エルハイヤについても完全に気を許したわけではないのでそれぞれ気張りながらだったが、まあ悪くない睡眠は取れたといえよう。
「よし、チー……もとい、結界は切れてるな」
【絶対落とし穴】の効力がなくなっているのを確認して、1日ぶりに外界に出る。
じめっとした秋特有の湿度に少し不快感を覚えたが、やはり閉鎖空間より外の方が断然いい。
まあ、とは言っても夜だから暗いんだけど。
「んじゃ、これで俺とエルハイヤは全くの、赤の他人にごぜぇやす。つーことで、アディオス!」
簀巻きにした二人組と少女を置いて、俺はその場から立ち去った。
「ははは、見える、見える……。お前の心の弱さが、手に取るように見えるぞ……」
気を戻した悠太君の言葉が、やけに耳から離れなかった。
藪をかき分けて、夜闇を行く。
葉の擦れる音が、俺を責めていた。
月明かりが、俺に間違っていると言う。
闇の色が、俺の鏡になっていた。
「……なにが、なにが『アディオス』だよ」
喉をかきむしりたい。髪を引き抜きたい。
「こんな、悪魔の道具じゃないか……!」
仮面を、地面に叩きつけた。そのまま踏みにじろうとして――。俺の足は、それもかなわなかった。
拾い上げて、ついた土埃をはらう。
懐にしまいながら、一つ吐いた。
……借りパクしてしまったことに今更気がつく。
なにをやっているんだ、とまた一つ自責が増えた。
「あーああ……」
そのまま目を開くと、どんぐりが目に入った。
ポケットから手を出して、拾ってみた。
虫に食われていた。
捨てた。
「マジ、なにやってんだろうな」
汚れを服ににじりつけてから、再びポケットに手を入れる。
搔きわける手がない状態では、藪が非常に邪魔だった。
「責任がないからって調子に乗りやがって」
少女は。
俺を見抜いていたのだろうか。
俺の『弱さが見えて』いたのだろうか。
少女は。
黒髪は。
絹の黒髪は。
俺の『弱さが見えて』いるのだろうか。
見えた上で、あざ笑っているのか。
今頃、どこかで笑っているのだろうか。
……俺じゃない誰かと、笑っているのだろうか。




