ツヴァイ
知らない少女と二人きりというのは、非常に心臓に悪い。
アンに関してもそうだが、女子というのは得てして理不尽な存在である。あまねくして偏見という名の色眼鏡をかけていると言っても過言ではなかろう。
その目から、俺という冴えない元浪人生を見たらどうだろう。第一評価はマイナススタートで安定というものではなかろうか。
「……ッ! お、オレを襲おうったってそうはいかないからな!」
「んなっ! そんなことなんてしませんよ!」
ほらこんな風に。
少女は自分の体を抱き込むようにしてこちらを睨む。俺はそんなこと……しないんだけどなぁ。
「嘘だ、こんなところに閉じ込めやがって……。やましいことするつもりなんだろ!」
「できたら困りません――あっ」
口が滑った。だが、事実なんだよなぁ。
そんな度胸があったらアンとだって、その、ことに至ることだってできるはずであって……。
アンが俺のことを以前に稀代のヘタレと評したことがあるが、その評価はなんら間違っていないことだろう。
「……まあいいや、オレがお前に助けられたことに違いはねぇ。感謝するよ」
「それは、あ、ありがとうございます」
――再び、無言が支配した。
少女の容姿からして、それは魔族なのであろう。類推して追われていた理由なんかも大方察しがつくが、それでも不可解な点も多い。
それでも聞き出したりしないのは、ひとえにどこにタブーが存在するのかわからないからだ。24レベルである俺を『その程度』と評せるほどの実力者の前では、自ずと地雷を踏まないためにも無言という選択肢がとられるのである。
「そ、そうだ、名前ぐらいは聞いてもいいですよね」
流石にこの程度ではタブーにはなるまい。そう思い、聞いてみた。
「……エルハイヤ、だ」
「エルハイヤ、い、いい名前だと思います」
「そうか……?」
「え、ええ」
ああ、俺の馬鹿! 話が終わってしまったじゃないか!
だんまりがまた降りてきた。
それぞれが離れるようにして、壁に背を寄せる。
風はないはずなのだが、ぶるると寒気に震えた。
アンは、家内は、怒るだろうか。
とりあえず、浮気だとか言って俺を殴るのだろうか。
同じ屋根の下で、一夜を共にする……。
あっ、これダメなやつだ。鳩尾を殴られてもいいように鍛えた方がいいだろうか。
殴ってくれたら、いいなぁ……。
夏が終わりかけて、秋の宙に星が一つ光った。
「――んっ……。こ、ここは」
「起き、ましたか」
端に放っておいた男が一人目を覚ましたようだ。たしか、こちらは【勇者】と呼ばれていた方のはずだ。
一瞬、顔が割れかねないと思い身構えたが、そういえば、と思って未だにつけているマスクを少し撫でる。
すっかり、忘れていたが……。
不思議に、安心した。
「…………おい」
言ってみた。――誰も咎めなかった。
思った。エルハイヤは、この仮面には認識阻害がかかっていると言った。とりもなおさず言えば、この仮面は過去の経歴も自分の容姿も、はたまた年齢性別に至るまでを完全に隠し、偽れるのではないか、と。それはおそらく事実だ。
「お前は誰から命令されたんだ?」
この男の遍歴は知らない。俺の受験した大学のさらに上を行くような大学を卒業したのかもしれない。
しかし今は、どうでもいい。
仮面は全てを覆い隠す。この男との位置関係ですらも、靄がかかったかのように曖昧にするのだ。
「言え」
驚いた。あまりに流暢だった。
自然の流れで脅迫していたのだ。自分がから恐ろしくも、少し頼もしくなった。
ここに立っているのはチートに頼りっぱなしの冴えない浪人生、大村 三郎ではない。
そう思うだけで、今までの『過去』『関係』という桎梏から解き放たれたかのような全能感を覚える。
「さあ、吐くんだ」
「お、俺は自ら、進んで奴隷貿易を――」
「国財たる勇者様が? こんな最前線で、か」
言いなじる。
勇者は目をそらして唇を幾たびか動かそうとしたが、それもままならないようだ。
『自ら』というワードにアクセントを加えたことから組織的犯行だと容易に推測できるわけだが……。
自分のあまりに高圧的な台詞に吃驚する。
「まあいい。それよりお前の名前を聞こうか」
エルハイヤの視線が見える。俺はあえてそれを無視した。
――豹変。
俺のそれは、そう言うに相応しかった。
「……小島 悠太、という」
「なるほど、悠太か」
「そうだ」
とりあえず今は、情報の収集を優先せねばなるまい。蓋をした罪悪が少しちくりと痛んだ気がしたが、そんなものは無視した。
「そちらの名前は」
そうしていると、今度は勇者――悠太に聞き返された。『無礼者め! 立場を弁えろ!』と言ってもいいかもしれないが、それは流石に思い上がりが過ぎる。
とはいえ馬鹿正直に名前をいうというのもリスキー過ぎる。むしろリスクしかないと言えるだろう。
「そうだなぁ」
暫時顎に手を当てて考えたが、閃いたのでニタリ、と粘着質だと自覚できる笑みとともに指を鳴らし、そのまま人差し指を突きつけた。
「俺のことは、ツヴァイ。そう呼んでくれ」
俺の第二の姿にして、俺の一つ上を行くものである。




