かくれんぼ
「ほら、貸してやる」
「これは……仮面、ですか?」
走りながら俺に手渡されたそれは舞踏会ででも使いそうな、顔の上半分を覆う白い仮面だった。
――どういう意図があるのか測りかねる。
「ぼ、僕は借りれないですよ」
「いいから早く付けろ。……認識阻害がかかってる。こっちだって、お前の人生を狂わそうとは思ってねーんだ」
「それは、その……。ありがとうございます」
認識阻害とは、などと聞きたかったが切羽詰まった形相に気がついて何も言わず、鼻に乗せて装着した。あつらえたみたいに形がフィットして、少し不気味だ。
「ところで、レベルは?」
「24です」
「はぁ!? よくその程度で……」
「す、すみません」
これについては、反論のしようがない。でしゃばった真似をした自覚はあるのだ。
「ですが……」
「――どうした。」
すう、と息を吸った。
「僕には、他にはない能力があります」
◆
「なんだ? この穴は」
「さあな。ホシがここに入ったのは【千里眼】で見えたが……」
男二人の目前にはぽっかりと大穴が口を開いていた。何者か――恐らくは途中で合流したらしい仮面の能力であろうが、深淵を覗くよう、というよりはまるでそこから光の類が出てきていないかのようになっている。
初めて見るような、虚無の色としての『黒』に若干怖気付いていたから、それを誤魔化すように男の片割れは怒鳴り散らした。
「その後は、って聞いてんだよ! そのための【千里眼】で【勇者】様だろうが!」
「話の途中だろ、ちゃんと聞け!……いいか、ホシが入ったところまでは見えたが、その先からの観測はできなかった」
言い聞かせるような口調で言う勇者であるという男に、やれやれといった手振りをややオーバーにかましながら、肺から出すような嘲りを出した。
「ハッ! 勇者様が聞いて飽きれるぜ」
「黙れ! つまりだな、この穴を作り出したあの仮面は俺の【ギフト】とおよそ同位の能力を持っているっていうことだ」
勇者は、今までどんな状況をも看過してきた自らの力が通用していないことを鑑みながら思慮に入る。【千里眼】で見通せなかったものはない。宰相の悪事を見抜いた時も、大盗賊のアジトを暴いた時も、敵国の侵犯にいち早く気づいた時も、須らくしてこの【ギフト】が力を貸してくれたのだ。男はこと【千里眼】において天下に無双たるものであることを自負していた。男は、それで知覚できないものだというのだからと考えたとき、それが自分と肩を並べるような存在である、と考える人間であった。
しかしながら、その信頼を持たざるもう一人の男には、その懸念は伝わらない。
「あ? んなこたぁどうでもいいだろ。要はあの『魔畜』をとっ捕まえりゃいいんだ」
「待て! あの能力はまだ未知数だ、場合によっては増援さえも……」
「ここまで追い詰めて引き下がれってのかよ!」
「そうだ!」
視線を交えた。言わんとしていることを伝えようと、刺すように見る。
「俺ぁ納得がいかねぇ。このまま帰って俺の名前が傷つくのも癪だ」
「だがこのまま人族に危険を――」
「俺ぁこいつに入る。テメーに何を言われようがな」
遮るように言うと、男はそのまま黒に飛び込んでしまった。
「……あれで貴族の息子だっていうから困るんだよ」
無特徴なのが特徴的な黒髪をガシガシとかきむしりながらそうひとりごちる。このぶんであの男が死んでしまっては、あとで上に何を言われるのかわかったものではない。
仕方なく、勇者の男も追従して穴に入った。
両の足が宙を舞う。重力係数に従って加速しながら、男は穴に自らの身体を沈めていった。
――そして、見えなかった穴の内部まで視界が潜ると、勇者の男は突然、棒状のもので思いっきり殴打されそのまま意識を失ってしまったのである。
◆
ほんと、こういう点で【チート】だよな。
二人の気絶した体を簀巻きにしながら、そんなことを考える。
このチートの作用中において、男二人からこの穴の様子はわからないが、俺からはその様子が手に取るようにわかるのだから。
うまく待ち構えてボコボコにするだけでいいのだ。実に簡単な仕事である。
「すげーな、見直したよ」
「はは、ありがとうございます。なにぶん、これだけが取り柄の男でございまして」
自分で言って、実に言い得て妙だと思う。
アンがいたら、怒るだろうか。
何か言われるんだろうなぁ、と思う。
「じゃあオレはこれで失礼するよ」
アディオス、とばかりに指を跳ねさせて立ち去らんとする少女。その脚力を以って跳び上がる。
「……あっ、言い忘れていましたが」
「――あいたっ」
言い忘れてたけど、この穴は丸一日外に出られないんだよね。
不可視の天板に頭をぶつけた少女に少し申し訳なさを感じながら、俺は引きつったように笑うしかできなかった。




