甲斐者
呪いの件については、曰く一週間症状が出なければとりあえず即効性の呪いではないことがわかるらしい。
遅効性だったとしてもどうしようもないが、その場合はなんらかの特殊な行為がトリガーとなる場合が多いらしいので、逆に言えばトリガーさえ引き起こさなければ普段通りの生活が送れるということだ。
負い目が全くないか、と言われれば正反対。アンと話すときは必要以上に気張ってしまうし、とてもじゃないが以前と完全に同じ風な会話など不可能だ。
それでも、彼女の隣ではせめて笑っていたいと思う。彼女の心の拠り所はここしか――俺の隣しかないのだから、その場所ぐらいは、と思う。
傲慢でも、いいと思った。
となりの少女の傲慢に仕返すくらいの傲慢で、この少女のことを想って『やりたい』と思った。
互いに傲慢をぶつけ合う、という関係。上等じゃないか。
「何ニヤニヤしてるのよ」
「いえ、特には」
「嘘ね、どうせまた現実逃避でしょ?」
「そうですっ!」
「……ふへっ」
……今のはなんだ。笑いか。そんなに面白かったのか。
「にしても、誘われるなんてね……」
「その言い方やめてください、なんか変な意味に聞こえます」
「別に、いいじゃない。既婚なんだからなんの不思議もないわ」
「えっ、あっ、こっ! この服いいですね!」
話をそらそうとした。
俺は、アンを誘って服屋に来ていた。だから、この話題転換は何も不思議はないはずである。
指差した先には、『素因数分解』とこの世界の言葉で書かれたTシャツがあった。俺は、いいセンスだと思う。――つまり、アンにとってはあまりいいものだとは思わないはずなのだ。
「――そうね、いいわね、それ」
「ダメですよね、知って――えっ」
「サブローが選んでくれたんだもん。たまにはそういうのもいいかなって」
「そんな、あ、ありがとうございます」
なんということだ。
最近、アンもこういうことが増えて来た。どういう心情の変化があったのかは知らない。俺が彼女に近づくとともに、アンもこちらに歩み寄って来ている感じもする。
不思議と、待たされている感じはしなかった。
時に、意見を対立させて服装について話した。相も変わらず、俺は服装が云々というのはさっぱりであったがそれでも、俺の意見は、伝えた。
「――悪いな、そろそろ店じまいなんだよ」
そんな時間か、気づかなかった。
遠い空で、既にカラスもどきが鳴いている。
言ってくれた店主さんに礼を言いつつ会計をし、そそくさと店を出た。
「き、今日は、楽しかったです」
「こっちもよ、サブロー。ありがとう」
寄り添い合う状態で宿に帰っていた。
荷物は俺が持つと言った。
――しかし、今はアンと半々で持っている。
悪い気分になった。でも、それもよかった。
とても、とても恥ずかしい。
小道に入り、広場に差し掛かった。
「わかってるわね」
「もちろんです!」
互いの目を見ると、その場に荷物を置いて距離を取るように跳躍した。
抜刀。
「行くわよ! 【疾風迅雷】!」
初っ端から飛ばすなぁ。
狙うは脳天――ではない、胴だ!
「見切った!」
ガキィィィィィィィン!
金属のかち合う音が、静けさに響いた。
「やるわね!」
「そっちこそ、です!」
剣戟。
五合、十合――。互いの全力でぶつかる。
「ッ、タァァァァァァァ!」
ひときわ大きくぶつかり合う。
迸る
電気
熱
汗
そして、意志。
腕に響く衝撃に、思わず膝をついた。
「――私も、もう、限界……」
同時にアンも、力を使い果たしたのか地面に突っ伏した。
限界まで体を動かした彼女に少し申し訳なくなる。
「魔法の継続時間、伸びましたね」
「サブローも……見切るなんてすごいわね。さすが、一日中働いてただけあるわ」
「うっ……。はは、そうですね」
彼女には敵わないと思った。
「肩、貸しますよ」
「……。いや、自分で行くわ」
――力を振り絞って、立った。
見ていた。――見ているだけではダメだと思った。
互助関係というのは。
「無理しないでください」
……俗にいう、お姫様抱っこ。
「ちょ、私が歩くって……」
「僕がこうしたいんですよ」
「サブ……。うん、わかった」
本当に、いつかの焼き直しのようだ。
「素直じゃないわね」
「お互い様です」
「言えてるわね」
互いに見合った。――隠す必要はない、と思った。
ああ、人に、こんなに。
こんなに、包み隠さずに笑いかけたのは、いつぶりだろうか。
置いた荷物をそのままに、俺は宿の部屋に――俺の、部屋に戻った。




