毛布
「じょ、冗談よしてくださいよ……」
「ジョーダンじゃねーよ? この呪いはフクザツすぎてムリ」
「そ、そうなんですか……」
これ以上は何もいえなかった。迂闊に口を開けば、と思うと周囲の目が突然恐ろしくなったのだ。
「……とんでもない置き土産だね」
ハリーさんが言った。
俺は、そうですね、とかなんとか言って適当に笑った、んだと思う。
それで俺はそのあと、多分、街に戻りそのまま宿に帰った、のだろう。おそらく。
――気づくと、横たわっていた。
「サブロー? ハリーさんにお礼に行かないの? 聖女たちも、報酬弾むって。それに奴隷なんだからゼノも返しに――」
毛布を頭から被る。
もう嫌だった。逃げたかった。
この少女に何もできないという事実から、逃げたかった。
この少女に気を使わせているという事実から、逃げたかった。
失敗ばかりで、他に迷惑しかかけていない我が身を――それでいて、苦しまずに死んでしまいたいとか考えている我儘を。
認めないでほしい。突き放してほしい。できることなら、その雷魔法にせよ剣技にせよで、俺の心の臓を止めてほしい。裏切ってほしい。信じないでほしい。俺がこんな男であることを知り、見放し、他の男のところにでも――仲よさそうにしていたハリーさんのところにでも鞍替えして欲しかった。一人にして欲しかった。孤独のカクテルを飲みたかった。水の味がするカクテルを、鯉の住まう川から取ってきて飲み干したかった。
俺は、お前を幸せにしない。
さっきのことでわかったはずだ、俺は、偉そうにしているくせに肝心な時に茫然としているし、正論を言っている風で並べているのは詭弁ばかり。自尊心ばかり高いくせに、相応の実績なんて何も残していない。残そうという努力すらしない。
それに付き合い、どうして成功できると言えるのであろうか。
前方不注意で小石に躓き、それから自分を守るために隣のものを平気で犠牲にする。
――俺の隣にいれば、犠牲にされないはずがないのだ。
「私は、大丈夫だから。ねえ、サブロー?」
違う! アンが大丈夫であろうと、俺は大丈夫ではないのだ。俺は、俺は、俺は――
……俺は。
利己的な自分がいた。アンのためとかっていうガワを被った俺のためがそこにあった。
俺は、アンに幸せになって『ほしい』。この『ほしい』は、ひとえに俺の欲望である。結果的にアンが幸せになったにせよ、それによって満たされるのは俺の欲望だ。
極めて醜いと思った。なぜアンはこんな俺に執心するのかがわからなかった。アンだけでない。ハリーさんだってそうだ。わからない。
「放っておいてください」
まただ。また俺の欲望が出てきた。
鼻の付け根が詰まっている。鼻水だと思った。ハンカチ布に出してみた。何も変わらなかった。
孤独が欲しかった。夜闇にポツンと浮かんだ月みたいに、ぼうっといるだけになりたかった。
「僕は……。ぼ、僕は、クズです」
せめて、伝えねばと思った。駄目な人間である、と。俺に構っても百害あって一利なしだと。
「……。うん、知ってる」
だから、俺はこの答えに無性に腹が立った。
「知らないだろ!」
「…………知ってるわ。間違いない」
「そういうの一番いらないんです! 正直言って迷惑なんです! どうして俺なんかにそんな余計な世話を焼くんですか! 出て行ってくださいよ! お前には俺のことなんて一つも――」
「わかってるわよ!!!」
瞠目するような、当てつける声。
「私が、何年サブローの並列人格をやってきたと思ってるの! 何年、サブローのアホなこと見てきたと思ってるの! サブローのダメ度合いを見てきたと思っているのよ!」
「……。」
「……私が、その度にどれだけ、サブローに声をかけたがってたと思ってるのよ」
対照的に小さく、囁いた。
俺には、彼女がその度に何を思っていたのかわからなかった。でも、彼女の気持ちも、わからないにはなかった。
「だから、こうしてこの世界にいる以上、サブローを支えようと思ったの」
妙な気分になった。むず痒いような、そんな。
なんとか、頭の中で処理しようとして、しかし、それは口をついた。
「う、嘘だ。身勝手ばかり。それなら、僕以外の人間でも――」
「私は、サブローに笑っていて欲しいの! サブローの、隣に立っていたいの! サブロー以外の、誰がいるっていうのよ!」
――こんなことをアンがいうなんて。瞠目した。毛布から目を出して、アンと視線を交わす。
「私には身寄りがないの。頼れる家族も、地球出身者も、私がどのような出自なのか知ってる人もサブローしかいないの。サブロー以外にいないのよ!」
歯をくいしばる音が聞こえた。
「一人なのは、ダメなのは、サブローだけじゃないわ。……どうか、それをわかって欲しいの」
吐息が。
見ていたアンの目が、奥行きを持った。
どうでもいい考えが、抜けていく。
周りの星が、見えてくる。
纏わりついていた毛布を取り去った。
――俺が欲しかったのは、他でもない。
同類、だったんだ。
――まつ毛が、長いなぁ。




