マッチポンプ
「呪い、ですか」
精一杯、そう口に出す。
「……うん」
かける言葉が見当たらなかった。
元はと言えば俺の落ち度だ。俺が、俺が――
思ってから気づく。
――これ、前の時と同じだ。
前も同じことを思い悩んだ。同じことを反省し、そして、改善を全くしなかったのだ。
さらに振り返った。
始めて受験に失敗した時は、勉強時間がなかったんだ、周りは天才だったのだ、と。
そして二度目。そのときも、勉強時間が足りず、周囲に頭がいいのが多かったのだと。
三度目も――もはやいうまでもあるまい。
つまり俺は、改善しない男なのだ。
そして、この悪癖も、きっと改善しない。
――なにがチートだ。心底嫌になるし、きっとこの先も同じことを悩み、そして悩んだことを忘れ去り、同じ過ちを犯すのであろう。
きっとこの先も、大事な時に限って己のプライドに拘り、盲目になるのだ。
残酷に暖かく頰を流れるそれも、これから先、何度も流れるに違いない。
そしてその度に俺は、この少女を窮地に追い込み、大怪我を負わせるのだ。信用を裏切り、果てには、俺の誤判で――。
ずきり。胸が痛んだ。
「あ、あぁ……そう、です、か……」
震える唇でようやく、そんな特に意味をなさない相槌を打つ。
突き刺さる双眸は、俺になにを求めるのか。
俺が道化なら、ハッと笑い飛ばして彼女にその期待に応えられないと言い放つのだろう。それは一目にして残酷に見えるが、彼女にとっても最良の選択のはずだ。
それができないのは、何故だろう。
――何故なのだろう。
絶望のもと困惑し見開かれた少女の目を見ながらもなお、まつ毛が長いなぁとか考えている。
ひどく薄情で、いっそ本当に道化に身をやつしてしまいたい。
――すでに俺が道化であることに気がつくのに、そう時間を要さなかった。
深刻に思い悩んでいるのであれば、忘れないだろう、と。別のことなど、考える余裕もないだろう、と。
その深刻とは、いつか訪れるのだと思っていた。
俺には訪れないのだな、と思った。
フラッシュバックした。体育の1500メートル走で、走りきって息を切らす他の児童の中、最後尾で到着したにも関わらず平然としていた俺の姿だ。
汗ひとつかくことなく、少し息を切らしながら、汗だくで倒れているそこそこ仲の良かった児童に、俺は言ったのだ。
『すごい疲れたね』
――変わらないものだ、と思った。
「どう、しよう……」
聞き流してしまいそうになったものを、つなぎとめる。
どうすればいいのか? そんなの俺が知らない。
パニック寸前、逆ギレに声を荒げそうになる。
そしてそれは、少女の心としても同じようであった。
「……元はと言えば。元はと言えば、全部……ッ!」
やはり、そうだよな、と思う。
しかし、俺のものではない声は想像以上に俺の心を抉った。
「あ、うぁ……」
言葉が出ない。パニック寸前ではなかった。既にパニックしていた。
しばらく見つめ合っていた。
互いに口を開いては閉じ、開いては閉じ。
「……っくぅ〜」
だから、このタイミングで聖女が目覚めたのは僥倖であったと言えるだろう。
その視線が周囲の状況を探るように彷徨うと、アンの足元で転がったままの魔石にたどりついた。
「あっ、リッチ倒したカンジ? お疲れー」
空気を読まない言動であったが、俺はそれに救われたらしい。
アンは聖女――アラムを憎々しげに一瞥したが、肩をすくめると毒気を抜かれたように再びこちらを見る。
「そうよね、サブローに当たるのはよくなかったわ。――突出して特攻をかけたのは私なんだし」
それは違う、とは言えなかった。でも、肯定をしようとも思えなかった。
「……そ、それにしても、やったわね、サブロー! リッチを倒せた!」
誰の目から見ても、虚勢だった。
「そ、そうでうね!」
それでも、それに乗っかることしかできないのは俺の情けなさゆえか。
口先に反し、誰一人として心からの笑顔を見せるものはなかった。
暫時、ギクシャクとした空気が【絶対落とし穴】の効力は切れたにも関わらず充満する。
誰一人として、口を割り声を出すものはいない。
やがて、聖女が揃って目を覚ますと、俺はその空気を無理やり振り切って聖女に問うてみた。
――アンの呪いを解いてくれ、と。
「はあ? また?」
「ど、どうかお願いします! カネ……カネなら払います! どうか……」
「……バカじゃね?」
小さく顔を歪ませる。――ダメだったか。
「ホーシュー半額にすっから」
「そ、それは……」
「は? うちらがまた治してやるっつってんのー。はよ見せろ」
……この聖女には、頭が上がらない。
アンは「とんだマッチポンプね……」と呟きながらも聖女と相対する。
聖女――確かルニータといったはずだが、彼女はその白磁のような手をアンの額にかざし、何かを探るように目を閉じた。
……ルニータの眉が少し動いたのは、見間違いではなかろう。
「……もしかしたらだけどぉー、これはホーシュー半額にしなくていいかもしんない」
――一同の注目が、次の一言に集中した。
「うちらじゃ、この呪いは解けない」
それは事実上、この世界の人間では絶対に、この呪いを解くことはできないことを示していた。




