焼き直し
敵とこちらの均衡が崩れた。
それと同時にハリーさんの戦っていた狼の魔物は共食い――いや、ゼノの召喚した狼との3対1に持ち込まれ、背後からのハリーさんの剣に血を吹き出す。
残ったは泥人形。
「……い、一斉攻撃、用意!」
取り囲み、号令をかける。
「【火球】」
「【豪雷割天】!」
「【マジックインパクト】!」
「【ブロー】」
四者四様の魔法攻撃。
泥はそのまま四散し、残った魔石には魔力を流し込むことで完全に殺した。
以降、何度かリッチは魔物を召喚しようとしたが今度は適宜魔力溜まりを潰し、召喚が成功してしまっても、囲んで攻撃を当てることで危なげもなく倒していく。
――そして、十、いや二十と数時間が経過したようだ。
「あっ。」
「【ニュートラルスタッブ】……大丈夫かい、サブロー君」
つい、少し眠くなってしまったようだ。魔法があらぬ方向へ飛んで行ってしまう。幸いハリーさんのフォローで魔物をこそ倒したが。
「だ、大丈夫です」
「嘘ね。どうせ昨日も徹夜してなんか色々やってたんでしょ?」
「それは……。まあ、そうですけど……」
「注意力が落ちているわ。休んでなさい」
「――で、ですが。聖女も頑張ってるんですし」
「……はあ。仕方ないわね。でも、これ以上ミスを重ねるようなら否応なしに眠らせるから」
アンはそう言いながら剣を収める。
かくこそ言いながらも俺の意思を尊重してくれるあたり、甘いと思う。
「ありがとうございます」
「何よ、改まっちゃって」
「いえ……」
バツが悪くなって、俺は目を逸らした。
――残りの数時間。聖女の魔法の成功を祈るのみだ。
臨戦態勢で、じっと見守った。
◆
聖女の汗が、岩肌を打った。
今にも脱水で倒れてしまいそうだ。
魔力も強引な使い方をしたせいで枯渇間近だろう。
どうして聖女はあんなに嫌がっていたのに、ここまでやるのだろうか。
適当に頑張ってる風で流すでも良かろうに。
そのへん、根は真面目だったのだなと思わされる。
しかし、その持久も持たないようである……。
「あと3分、だね。」
ハリーさんが、持参した懐中時計を見ながら言った。
――落とし穴の持続時間である。
時間が、ない。
落とし穴が普通の穴に戻るのが先か、聖女の体力が尽きるのが先か。
リッチも、あと一息だとは思うのだが――。
「あと2分……」
言うと、ラストスパートをかけるように聖女の魔法が強力になる。
ただでさえ無理していると言うのに、である。
誰かが息を飲む音が、やけに耳に残った。
「あと……1分」
勢いに拍車をかけた聖女の魔法であったが、まるでコマが失速するときのように不安定が促進する。
俺は口を半開きに、それを眺めていた。
そして不意に、魔力が強くなった。しかしそれは、聖女の最後のあがきのようなもので――。
「――、2、1……0」
声と同時に、三つの、身を打ち付ける音がした。
倒しきれなかったのだ。
唇に触れる俺の呼吸が、やけにこそばゆい。
首が体に陥没しそうな、そんな無力感。脱力。
妙に冴えたままだった脳だけが空回りする。
スクリーンに映っただけのような景色。
静寂に聞こえるリッチの浮遊の音。
ベールをかぶったみたいに、指先に違和感を感じる。
メントールを嗅いだみたいにスッと痛い嗅覚は空回りのブレーキになるように作用して、それによってか、さらに思考に紐がまかれたみたいに封じられる。
俺は――俺は、情けないことに、逃げんとするリッチの少し下のあたりの空気を眺めることしかできなかった。
「……ざけんじゃないわよ、根気なし」
――誰に言ったのだろう。
聖女かあるいは俺か。――はたまた、自分自身に言ったのかもしれない。
タン、という乾いた音が反響する。
「――ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
プラズマを残し駆けるその姿は、まるでいつかの焼き直しのようで。
「【雷電――ッ、閃耀】ッッッッ!」
世界が裂けるような轟音と空間のクラック。
弱っていたリッチは、撹拌され消え去る――。
――その時、フラッシュの中に、黒い赤色が見えたのを俺は見逃さなかった。
「倒せた……のか?」
網膜を焼いた光が収まり、視界に陰影が戻った。
見えるは、そこに立ち尽くすアン。
少し目を遣れば、倒れたままの聖女が見受けられる。
足元には、リッチのものと思しき魔石が一つ。
顔がほころんだのを感じた。
声をかけようと、顎を開く。
――しかし、その後ろ姿に名状し難い不安を感じ、声帯が震えることは、なかった。
聖女の倒れる中心に立つように、呆然と。
そしてその当のアンは、顔にぎこちない笑顔を貼り付けたまま、錆びついた首を回し、俺の方を見た。
「どうしよう、サブロー」
その表情に、俺も全てを悟った。
「また、呪いをかけられたみたい」
――所詮、焼き直しに過ぎなかったことに。




